逆行令嬢は元婚約者の素顔を知る
 王宮での逃走劇から数日後。
 呼んでもいない客がやってきて、応接間に通された。従僕を一人だけ連れて。

「一体、当家にどういったご用件でしょうか?」

 内心の動揺を悟られまいと、エステリーゼは社交用の笑みをはりつけ、小首を傾げてみせた。マリアが客人と自分のところにティーカップを置く。焼き菓子を載せた小皿を中央に置き、部屋の隅で控える。
 ジュードはソファの後ろに控えていた従僕に目配せしながら、正面に座るエステリーゼに頭を下げた。

「先日は怖がらせたようですまなかった……。お詫びにこれを受け取ってほしい」

 従僕からマリアに花束が受け渡され、マリアから自分の手元に渡る。
 ピンクのチューリップが数本並んでリボンで結んである。

「これは……花ですか?」
「花以外の何物でもないだろう。……いや、こういう言い方がいけないんだな。俺は……あの園遊会の日、草陰に身を隠す君を見て、君を守りたいと思った。怖がらせたいわけじゃないんだ。ただ、話がしたい」

 どういう風の吹き回しだろう。
 死ぬ前までだって、婚約者からのプレゼントは何一つなかったというのに。
 初めての贈り物に嬉しさよりも困惑が上回る。

「…………婚約はしませんよ?」
「ぐ。そ、それは追々考える。今は友人で構わない。だから、俺から逃げないでくれ」

 手元の瑞々しい花とジュードを見比べ、エステリーゼは瞬く。

(追いかけてきたときは怖かったけど……お詫びって、そんなことができる人間だったの?)

 驚きとともに、なぜか笑いがこみ上げてきた。

「ふふ……ふふっ」
「何がおかしい?」

 不服そうな声に、エステリーゼは口元をゆるめた。
 だって、おかしいではないか。あの威張り散らしていた男が、手土産とともにわざわざ頭を下げに来るなんて、誰が予想できたというのか。

(友人かぁ……友人としてなら、新しい関係を築けるのかも)

 婚約は断固お断りだが、友人であれば、そこまで警戒しなくてもいいのではないか。
 自分たちは、もしかしたらやり直せるのかもしれない。
 あのいがみ合うだけの関係から。
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