あまいお菓子にコルセットはいかが?
7.第二王女の婚約者候補
水色の光沢ある布地に、胸元にはアマンド国の刺繍が施されたドレスの裾を掴むと、レティシアはその場でくるりと回る。嬉しそうに頬を染めて笑うレティシアは、ソファに座るコレットに感想を求めた。
「見て下さい! トルテ国のドレスのパターンにアマンド国の布地にビジューを使った刺繍を施してもらったのです!」
「とっても可愛らしいドレスですね。その色はトルテ国でも好まれそうですわ」
コレットの評価に、レティシアは満面の笑みで頷く。横に座るカロリーヌが自慢げにドレスの制作秘話を語り出す。
「染色前のアマンド国の布地を仕入れて染めはトルテ国でしてみたの。私は胸元の刺繍の光具合が気に入っているわ。フリルやレースに引けを取らないのもいいわね」
カロリーヌの総力を結集して作った試作品一号である。
「もう少し時間を掛ければ、スカートにもビジューをつかって刺繍したかったけどね。今は試作を重ねることを優先したの」
「試作品は、わたくしの普段着のドレスになるのです。このドレスはとても楽に着用できて嬉しいわ」
「レティシア様、ようございましたね! うっうっ」
控えていたセリアが、感極まって泣き出してしまう。
「それにね、カロリーヌお姉さまは、このドレスに合うランジェリーも一式用意してくださったの」
「カロリーヌ……おねえさま?」
「本人が呼びたいと言うのだもの。好きにしてもらったのよ」
カロリーヌはそっぽをむいてしまう――が、その耳は赤く染まっている。
レティシアの懐きっぷりに、コレットは内心不安がよぎる。そんなコレットにレティシアは無邪気にお願いをした。
「コレットさんのことも、コレットお姉さまとお呼びしたいわ。アガットお姉さまがアマンド国にいってしまって寂しいの」
そんな風に言われたなら断る方が意地悪しているみたいではないか。カロリーヌがあっさり許可したわけである。
「ええ。ですが公の場では名前で呼び捨ててくださいませ」
「やった! ありがとう、コレットお姉さま」
(か、可愛らしい妹ができたと、思うことにしましょう)
随分身分の高い妹ではあるが、カロリーヌもコレットも彼女のことは好いているので、これからも仲良くできそうである。
ご機嫌のレティシアは招待状を取り出すと、二人に手渡した。
「二人のお姉さまには、ぜひわたくしのために開かれる舞踏会に参加してほしいのです」
そして、さらに二人に、とある計画を強請ったのである。
「カロリーヌお姉さま。この舞踏会に間に合うように、トルテ国とアマンド国の融合ドレスを用意したいのです。三人でお揃いにしましょう」
「――のった! その挑戦受けて立ちましょう」
「ちょ、ちょっとカロリーヌ! 公の場でお揃いだなんて、恐れ多いことをしては問題よ!」
「主催者の許可がでたから、大丈夫よ」
「はい! わたくしのための舞踏会なので、好きにして大丈夫ですわ」
やはり一緒にすると暴走する組み合わせのカロリーヌとレティシアである。コレットは仕方なしに別の策を打つ。
「主賓はレティシア様ですから、レティシア様のドレスが一番目立つように作ってくださいね」
けっしてコレットやカロリーヌのドレスは派手にしすぎないでくれと、念じたのである。
「分かったわ!」
「そうと決まれば、善は急げよ! 直ぐにデザインを決めましょう。腕が鳴るわね」
カロリーヌが手を組んで指をペキペキと鳴らしてやる気をみせる。その傍らでは、不安でいっぱいのコレットが両手を組んで無事に済むことを祈り出した。
瞬く間に、テーブルの上のお茶とお菓子は片付けられ、スケッチブックに布地にデザイン画が広がる。カロリーヌはドレスのランクを決めるため、レティシアに舞踏会の詳細をヒアリングした。
「この舞踏会の趣旨はどういったものになるのかしら?」
「ええっと、わたくしの顔見せと、婚約者候補の顔合わせも兼ねていると聞いています」
「や、やっぱり、レティシア様のドレスだけにしましょう! そんな場に揃いで出るなんて恐れ多いわ」
レティシアが朗らかに日々を過ごすようになり、周囲が次の段階に進めるために企画したレティシアのお披露目会だった。
そこに、揃いのドレスで登場するなど空気が読めないにも程がある。
「嫌です! 他の令嬢に牽制をかけねばならないのです」
「私はドレスが作れれば何でもいいわ」
「カロリーヌ! レティシア様も、お披露目会で気にするのは令嬢ではなく殿方ですよ」
その言葉に、レティシアは久々に不機嫌な顔で口を尖らせた。レティシアとしては、まだ婚約者を選びたいと思うほど心に余裕がないのである。目の前の二人とお茶をしながら、知識を蓄えてからでないと新しいことなど始める気になれないのだ。
「お二人にだって、婚約者はいないのです。わたくしがすぐに作る必要は無いと思うのです」
カロリーヌやコレットをみて大丈夫などと言っていてはいけない。どちらかといえば焦るべき年齢の二人である。
「十五歳なら婚約者がいても良い年齢ですよ。舞踏会で顔を見たら恋が始まるかもしれませんし」
「むぅ。コレット姉さまは舞踏会で恋に落ちたことがあるのですか?」
「えっと、落ちたというか、砕けたというかですね……」
ジルベールと破局したのもまた舞踏会の一場面であった。
「あ、そういえば、あの人どうなったのよ?」
「え?」
「ほら、弟君の上官様」
「あ、あれは、いいの違うの。今はその話じゃないの!」
「! コレットお姉さまは、想い人がいらっしゃるのですか?」
恋バナにありつけると勘違いしたレティシアが、無邪気にはしゃぎ出す。が、さすがにこの手の話で再び噂に上りたくないコレットは、珍しく大きな声で話をぶった切った。
「違います! 婚約の話も全くない相手と噂になるのはよろしくありません。私には特別な人はいません。それで終わりです!」
「そんなぁ!」
残念そうに声を上げるレティシアだったが、その顔には諦めも割り切りも微塵も浮かんではいなかったのだった。
「見て下さい! トルテ国のドレスのパターンにアマンド国の布地にビジューを使った刺繍を施してもらったのです!」
「とっても可愛らしいドレスですね。その色はトルテ国でも好まれそうですわ」
コレットの評価に、レティシアは満面の笑みで頷く。横に座るカロリーヌが自慢げにドレスの制作秘話を語り出す。
「染色前のアマンド国の布地を仕入れて染めはトルテ国でしてみたの。私は胸元の刺繍の光具合が気に入っているわ。フリルやレースに引けを取らないのもいいわね」
カロリーヌの総力を結集して作った試作品一号である。
「もう少し時間を掛ければ、スカートにもビジューをつかって刺繍したかったけどね。今は試作を重ねることを優先したの」
「試作品は、わたくしの普段着のドレスになるのです。このドレスはとても楽に着用できて嬉しいわ」
「レティシア様、ようございましたね! うっうっ」
控えていたセリアが、感極まって泣き出してしまう。
「それにね、カロリーヌお姉さまは、このドレスに合うランジェリーも一式用意してくださったの」
「カロリーヌ……おねえさま?」
「本人が呼びたいと言うのだもの。好きにしてもらったのよ」
カロリーヌはそっぽをむいてしまう――が、その耳は赤く染まっている。
レティシアの懐きっぷりに、コレットは内心不安がよぎる。そんなコレットにレティシアは無邪気にお願いをした。
「コレットさんのことも、コレットお姉さまとお呼びしたいわ。アガットお姉さまがアマンド国にいってしまって寂しいの」
そんな風に言われたなら断る方が意地悪しているみたいではないか。カロリーヌがあっさり許可したわけである。
「ええ。ですが公の場では名前で呼び捨ててくださいませ」
「やった! ありがとう、コレットお姉さま」
(か、可愛らしい妹ができたと、思うことにしましょう)
随分身分の高い妹ではあるが、カロリーヌもコレットも彼女のことは好いているので、これからも仲良くできそうである。
ご機嫌のレティシアは招待状を取り出すと、二人に手渡した。
「二人のお姉さまには、ぜひわたくしのために開かれる舞踏会に参加してほしいのです」
そして、さらに二人に、とある計画を強請ったのである。
「カロリーヌお姉さま。この舞踏会に間に合うように、トルテ国とアマンド国の融合ドレスを用意したいのです。三人でお揃いにしましょう」
「――のった! その挑戦受けて立ちましょう」
「ちょ、ちょっとカロリーヌ! 公の場でお揃いだなんて、恐れ多いことをしては問題よ!」
「主催者の許可がでたから、大丈夫よ」
「はい! わたくしのための舞踏会なので、好きにして大丈夫ですわ」
やはり一緒にすると暴走する組み合わせのカロリーヌとレティシアである。コレットは仕方なしに別の策を打つ。
「主賓はレティシア様ですから、レティシア様のドレスが一番目立つように作ってくださいね」
けっしてコレットやカロリーヌのドレスは派手にしすぎないでくれと、念じたのである。
「分かったわ!」
「そうと決まれば、善は急げよ! 直ぐにデザインを決めましょう。腕が鳴るわね」
カロリーヌが手を組んで指をペキペキと鳴らしてやる気をみせる。その傍らでは、不安でいっぱいのコレットが両手を組んで無事に済むことを祈り出した。
瞬く間に、テーブルの上のお茶とお菓子は片付けられ、スケッチブックに布地にデザイン画が広がる。カロリーヌはドレスのランクを決めるため、レティシアに舞踏会の詳細をヒアリングした。
「この舞踏会の趣旨はどういったものになるのかしら?」
「ええっと、わたくしの顔見せと、婚約者候補の顔合わせも兼ねていると聞いています」
「や、やっぱり、レティシア様のドレスだけにしましょう! そんな場に揃いで出るなんて恐れ多いわ」
レティシアが朗らかに日々を過ごすようになり、周囲が次の段階に進めるために企画したレティシアのお披露目会だった。
そこに、揃いのドレスで登場するなど空気が読めないにも程がある。
「嫌です! 他の令嬢に牽制をかけねばならないのです」
「私はドレスが作れれば何でもいいわ」
「カロリーヌ! レティシア様も、お披露目会で気にするのは令嬢ではなく殿方ですよ」
その言葉に、レティシアは久々に不機嫌な顔で口を尖らせた。レティシアとしては、まだ婚約者を選びたいと思うほど心に余裕がないのである。目の前の二人とお茶をしながら、知識を蓄えてからでないと新しいことなど始める気になれないのだ。
「お二人にだって、婚約者はいないのです。わたくしがすぐに作る必要は無いと思うのです」
カロリーヌやコレットをみて大丈夫などと言っていてはいけない。どちらかといえば焦るべき年齢の二人である。
「十五歳なら婚約者がいても良い年齢ですよ。舞踏会で顔を見たら恋が始まるかもしれませんし」
「むぅ。コレット姉さまは舞踏会で恋に落ちたことがあるのですか?」
「えっと、落ちたというか、砕けたというかですね……」
ジルベールと破局したのもまた舞踏会の一場面であった。
「あ、そういえば、あの人どうなったのよ?」
「え?」
「ほら、弟君の上官様」
「あ、あれは、いいの違うの。今はその話じゃないの!」
「! コレットお姉さまは、想い人がいらっしゃるのですか?」
恋バナにありつけると勘違いしたレティシアが、無邪気にはしゃぎ出す。が、さすがにこの手の話で再び噂に上りたくないコレットは、珍しく大きな声で話をぶった切った。
「違います! 婚約の話も全くない相手と噂になるのはよろしくありません。私には特別な人はいません。それで終わりです!」
「そんなぁ!」
残念そうに声を上げるレティシアだったが、その顔には諦めも割り切りも微塵も浮かんではいなかったのだった。