あまいお菓子にコルセットはいかが?
9.波乱のお披露目会
コレットは向かいに座る、鮮やかな緑色のドレスを身にまとったカロリーヌを凝視する。ドレスの形もデザインもぱっと見は同じ色違いのはずが、何故かそう見えない。
「どうしてカロリーヌのドレスの刺繍は、そんなにシンプルなの?」
どこを探してもコレットのドレスに縫い付けられたビジューの派手さが、カロリーヌのドレスには見当たらないのだ。
「いろいろあったのよ。そのうち付けるわ」
直前で間に合わないことを悟ったカロリーヌは、レティシアの分を次いでコレットの分を先に仕上げる作戦に切り替えた。自分の分は、どこで終わってもいいように上手いこと仕上げていき、前日に最後の追い込みをしようとして、予定が狂ったせいで諦めたのだった。
「私も、その位の刺繍で十分だったのに」
ぶーぶー文句を言うコレットに腹を立てつつ、彼女のドレスの仕上がりを眺めて悦に入る。やはりビジューを施した刺繍は完璧な仕上がりだと確信する。
「そのうち付けるって言っているでしょ? 私の分が仕上がったら、三人でこのドレスを着てお茶会でもしましょう」
カロリーヌの提案にコレットは返事をしなかった。視線は外され窓の外へと向けられる。白い綿帽子を被った赤い三角屋根の城が近づいてくるのを、じっと見つめていた。
会場に入ると、ざわりと周囲が騒がしくなる。淡い色のドレスの中に、ピンクとグリーンのパキっとしたカラーが混じれば、その派手さと異質さを周囲が口にし出したのである。
「よ、予想以上に注目されている気が……」
(か、帰りたい。もうすでに帰りたいわ!)
日和るコレットの横で、カロリーヌは平然と歩き出す。
「気にしたら負けよ。さぁ、レティシア様にご挨拶に行きましょう」
歩き出せば、すぐに人の波がサーっと引いた。その先に青いドレスを着たレティシアが立っていて、今しがたできた道を、こちらに向かって歩いてくるのが見える。彼女は満面の笑みを浮かべると、会場いっぱいに響く声で二人を歓迎したのである。
「コレットお姉さま! カロリーヌお姉さま! お待ちしておりましたわ!」
(れ、レティシア様! 人前でその呼び方はダメだとお願い申し上げたのに)
先ほどの比ではないざわめきが広がり、さらに注目が集まる。三人集まれば彼女たちのドレスが色違いであることは直ぐに知れ渡った。
目の前まで来たレティシアはカーテシーをとり、主催者として歓迎の挨拶を述べる。
「ようこそいらっしゃいました。今宵は私のお披露目会をお楽しみください」
「「お招きいただきありがとうございます」」
二人も次いで挨拶を返すと、すぐにカロリーヌが小声でレティシアに忠告した。
「わざと呼びましたね、レティシア様」
(え、そうなの?!)
「ごめんなさい」
悪戯っぽく笑うレティシアに、コレットは頭を抱えそうになる。カロリーヌの影響なのか元々の気質なのか、その奔放な行動が悩ましかった。
「コレットに報告があるの。耳を貸してちょうだい」
レティシアにせがまれ、言われた通りに少しだけかがむ。
「あのね、コレットの言った通りお茶会に来た令嬢に挨拶したら、みんな笑顔で挨拶を返してくれたの」
「それは、よろしゅうございましたね」
「はい。気持ちが晴れました」
レティシアの報告に安心し、コレットは体を起こした。そこへファーストダンスのパートナーであるフランシスが彼女を迎えに現れる。
「レティシア殿下、そろそろ時間です。コレット、今日はまた一段と美しいですね」
「――ありがとうございます。フランシス様も素敵な出で立ちですね。ファーストダンス、楽しみにしています」
名残惜しそうなレティシアをつれ、フランシスはダンスホールへと戻っていった。
その後ろ姿を見送ると、コレットは小さく溜息をつく。
(分っていたつもりだけど、目の当たりにすると、つらいわね)
着飾ったレティシアとエスコートするフランシスは、中々様になっていた。
ファーストダンスのあと、二人の婚約発表があってもおかしくないほどに、周囲にも会場にも馴染んでいるように見えてしまったのだ。
「カロリーヌ、私達も移動して、レティシア様のファーストダンスを見ましょうか」
声をかけて振り向いた先では、具合の悪そうなカロリーヌが首を横に振っていた。
「ごめ、徹夜続きで体力の限界よ。医務室で休ませてもらってくるわ。無理。もう無理」
招待客として主催者と挨拶するまではと耐えていたカロリーヌは、ついに誤魔化しきれなくなった不調を吐露し退散することにした。
「え! なら、私も付き添うわ」
「ダメよ。コレットはレティシア様のファーストダンスを見届けてちょうだい。それであとで私に教えるの」
あんなに練習していたのに見てもらえないなんて可哀想ではないか。けれどカロリーヌもこのままだと倒れそうなほど具合が悪く、ファーストダンスをぶち壊してしまいかねない。
「じゃあ、よろしく頼んだわよ」
コレットに参観を頼んだカロリーヌは、よろよろとおぼつかない足取りで会場の外へと出ていったのだった。
取り残されたコレットは、仕方なく出来るだけ目立たず、かつファーストダンスが見える場所に移動した。
フロア中央では、フランシスとレティシアが向かい合いお辞儀しているところだ。
その光景を、ただぼうっと眺める。
「やっと会えた、コレット」
懐かしい聞き覚えのある声が、すぐそばでする。見上げると――ジルベールが立っていたのだった。
「どうしてカロリーヌのドレスの刺繍は、そんなにシンプルなの?」
どこを探してもコレットのドレスに縫い付けられたビジューの派手さが、カロリーヌのドレスには見当たらないのだ。
「いろいろあったのよ。そのうち付けるわ」
直前で間に合わないことを悟ったカロリーヌは、レティシアの分を次いでコレットの分を先に仕上げる作戦に切り替えた。自分の分は、どこで終わってもいいように上手いこと仕上げていき、前日に最後の追い込みをしようとして、予定が狂ったせいで諦めたのだった。
「私も、その位の刺繍で十分だったのに」
ぶーぶー文句を言うコレットに腹を立てつつ、彼女のドレスの仕上がりを眺めて悦に入る。やはりビジューを施した刺繍は完璧な仕上がりだと確信する。
「そのうち付けるって言っているでしょ? 私の分が仕上がったら、三人でこのドレスを着てお茶会でもしましょう」
カロリーヌの提案にコレットは返事をしなかった。視線は外され窓の外へと向けられる。白い綿帽子を被った赤い三角屋根の城が近づいてくるのを、じっと見つめていた。
会場に入ると、ざわりと周囲が騒がしくなる。淡い色のドレスの中に、ピンクとグリーンのパキっとしたカラーが混じれば、その派手さと異質さを周囲が口にし出したのである。
「よ、予想以上に注目されている気が……」
(か、帰りたい。もうすでに帰りたいわ!)
日和るコレットの横で、カロリーヌは平然と歩き出す。
「気にしたら負けよ。さぁ、レティシア様にご挨拶に行きましょう」
歩き出せば、すぐに人の波がサーっと引いた。その先に青いドレスを着たレティシアが立っていて、今しがたできた道を、こちらに向かって歩いてくるのが見える。彼女は満面の笑みを浮かべると、会場いっぱいに響く声で二人を歓迎したのである。
「コレットお姉さま! カロリーヌお姉さま! お待ちしておりましたわ!」
(れ、レティシア様! 人前でその呼び方はダメだとお願い申し上げたのに)
先ほどの比ではないざわめきが広がり、さらに注目が集まる。三人集まれば彼女たちのドレスが色違いであることは直ぐに知れ渡った。
目の前まで来たレティシアはカーテシーをとり、主催者として歓迎の挨拶を述べる。
「ようこそいらっしゃいました。今宵は私のお披露目会をお楽しみください」
「「お招きいただきありがとうございます」」
二人も次いで挨拶を返すと、すぐにカロリーヌが小声でレティシアに忠告した。
「わざと呼びましたね、レティシア様」
(え、そうなの?!)
「ごめんなさい」
悪戯っぽく笑うレティシアに、コレットは頭を抱えそうになる。カロリーヌの影響なのか元々の気質なのか、その奔放な行動が悩ましかった。
「コレットに報告があるの。耳を貸してちょうだい」
レティシアにせがまれ、言われた通りに少しだけかがむ。
「あのね、コレットの言った通りお茶会に来た令嬢に挨拶したら、みんな笑顔で挨拶を返してくれたの」
「それは、よろしゅうございましたね」
「はい。気持ちが晴れました」
レティシアの報告に安心し、コレットは体を起こした。そこへファーストダンスのパートナーであるフランシスが彼女を迎えに現れる。
「レティシア殿下、そろそろ時間です。コレット、今日はまた一段と美しいですね」
「――ありがとうございます。フランシス様も素敵な出で立ちですね。ファーストダンス、楽しみにしています」
名残惜しそうなレティシアをつれ、フランシスはダンスホールへと戻っていった。
その後ろ姿を見送ると、コレットは小さく溜息をつく。
(分っていたつもりだけど、目の当たりにすると、つらいわね)
着飾ったレティシアとエスコートするフランシスは、中々様になっていた。
ファーストダンスのあと、二人の婚約発表があってもおかしくないほどに、周囲にも会場にも馴染んでいるように見えてしまったのだ。
「カロリーヌ、私達も移動して、レティシア様のファーストダンスを見ましょうか」
声をかけて振り向いた先では、具合の悪そうなカロリーヌが首を横に振っていた。
「ごめ、徹夜続きで体力の限界よ。医務室で休ませてもらってくるわ。無理。もう無理」
招待客として主催者と挨拶するまではと耐えていたカロリーヌは、ついに誤魔化しきれなくなった不調を吐露し退散することにした。
「え! なら、私も付き添うわ」
「ダメよ。コレットはレティシア様のファーストダンスを見届けてちょうだい。それであとで私に教えるの」
あんなに練習していたのに見てもらえないなんて可哀想ではないか。けれどカロリーヌもこのままだと倒れそうなほど具合が悪く、ファーストダンスをぶち壊してしまいかねない。
「じゃあ、よろしく頼んだわよ」
コレットに参観を頼んだカロリーヌは、よろよろとおぼつかない足取りで会場の外へと出ていったのだった。
取り残されたコレットは、仕方なく出来るだけ目立たず、かつファーストダンスが見える場所に移動した。
フロア中央では、フランシスとレティシアが向かい合いお辞儀しているところだ。
その光景を、ただぼうっと眺める。
「やっと会えた、コレット」
懐かしい聞き覚えのある声が、すぐそばでする。見上げると――ジルベールが立っていたのだった。