あまいお菓子にコルセットはいかが?
4.再びダイエット
真っ白な城壁に何本もの塔が立ち並び、その天辺の屋根の鮮やかな赤色が大変美しいと評判のトルテ城。
その様相は、何本もの蝋燭を立てたバースディケーキに喩えられることがある。
「蝋燭よりも、イチゴに似ていると思うの」
真っ白なクリームの上にツヤツのイチゴがのったショートケーキを思い浮かべ、コレットは喉を鳴らす。
「お嬢様。もうすぐ到着しますから、そろそろ意識を保ってくださいませ」
ミアに指摘されコレットは姿勢を正した。
ダイエットを再開して数日が経過したのだが、一時浸かった怠惰な生活の悪影響は今もコレットを悩ませていた。
例えば先ほどのように、建物がケーキに見えたり、『ドレス』を『お菓子』と聞き間違えるありさまである。
目的地の軍の施設に足を運び、受付でアンリの呼び出しを依頼する。午後の休憩に合わせて持参したカップケーキとシフォンケーキの差し入れを渡し、配ってもらえるようにお願いした。
「ご丁寧にありがとうございます。アンリ殿のご婚約者さまでございますか?」
「いいえ。姉でございます」
受付係が不思議な表情を浮かべる。普通は軍に従事する夫や婚約者のために訪れる女性がほとんどなのだ。もしくは人気のある人物のファンなどもいる。逆に母親や姉などの家族が来るとマザコンやシスコンの噂を呼び込むため、男性側が敬遠することが多いのである。
「先日、弟の上官にお世話になったものですから、そのお礼です。ですが事前にお話を通していなかったので、弟にお願いしようと思いましたの」
コレットが説明すると、受付係は納得の表情を見せて差し入れを持ってどこかへと運んでいった。
しばらくして、アンリが駆けつける。その様子はどこか慌てていて、開口一番怒鳴られてしまった。
「姉さん! 来るならちゃんと前触れを出してよ。道中誰か変なヤツを見かけたりしなかった?」
「ご、ごめんなさい。急に思い立ったものだから。それに、お願いしたいこともあって……」
「お願い?」
「実はね――」
コレットは困ったように、ここ数日の出来事を話しはじめた。
カロリーヌとミアにダイエットを誓った日、まずは前回同様にタウン・ハウスの家人、メイドたちに協力を仰いだ。
最初は難色を示したが、コレットとミアの領地での取り組みを説明した結果、渋々ではあるが頷いてくれた。
周囲を納得させ、何とかダイエット再開に漕ぎつけたのだが、ここには領地のように歩き回れる場所が無かったのである。
「城下町に行こうとしたら、ミアからも止められてしまったの」
「当たり前だよ。何考えているのさ」
「でも、食事制限だけでは足りないのよ。乗馬や長時間の散歩は必須なの。しかもあの屋敷は誘惑が多いから、できれば外に出たいのよ」
コレットのダイエットに協力してくれると頷いた人々が、隙を見てはお菓子を差し入れしてくるのである。
長年、食べることを中心に生活していたコレットが、何も食べずに過ごしているのを見ると食べさせてあげたいという使命感に駆られるのだという。ひもじい思いをしているのではと、心配になるとも言われてしまった。
「このままだと、舞踏会シーズンに合わせて作ったドレスが全滅なの。この太った体を何とかしないと!」
沈痛な面持ちのコレットを、アンリは理解できないという風に眺めた。別にどこも太っているように見えなかったのである。
「今日のドレスはぴったりだし、久々に会った時と同じに見えるのだけど」
「これは領地からミアが持ってきてくれた、ワンサイズ大きいドレスなのよ。舞踏会シーズンのドレスはもう少し絞らないと入らないの。お願い! 毎日差し入れに来ることを許してちょうだい」
大好きな姉の頼みである。同意したいのは山々だが、十六歳のアンリはシスコンの評判が付くことに躊躇いがあった。
「せめて週一。いや一ヶ月に一回が限界だよ、姉さん」
「そんな!」
頼みの綱が絶たれ、コレットは途方に暮れた。もう邸の中と狭い庭をグルグル周回し続けるしか道は無さそうである。
(それは、続く気がしないわ。きっとすぐに部屋に籠ってだらけるに決まっているのよ)
コレットは自分の軟弱な性格をよく理解していた。
引き下がれないコレットと、引き受たくないアンリが対峙しているその場所に、少し遅れて到着した者がいた。
「こんにちは、コレット。差し入れをありがとうございます」
受付係が気を利かせて連絡してくれたことで、フランシスが差し入れのお礼を伝えに出向いたのだ。
「! フランシス様。先日は見苦しい場面をお見せしてしまって大変申し訳ありませんでした」
フランシスの登場に、一番困惑したのはコレットである。
正直、あの修羅場に同席したフランシスとは顔を合わせ辛いと思っていて、できれば会いたくないとすら思っていた。
ただ、アンリがこの訪問を嫌がることが分かっていたので、なんとかひねり出した訪問理由が『フランシスへのお礼』だっただけである。
「いいえ。コレットが謝ることなど一つもありませんよ。悪いのはあの二人だ」
「ですが、私も当事者ではありますので。公爵家の舞踏会に不要な醜聞を持ち込んでしまったことに変わりはありませんわ」
「あなたは、アンリ同様に潔癖な考え方をされるのですね。あんな目にあったのです。多少彼らを非難したところで、誰も責めたりしませんよ」
「お心遣いありがとうございます」
これ以上、恥を上塗りしたくないコレットは、ひたすらに低姿勢に徹する。
そして、フランシスがアンリを呼びに来た以上、訪問を認めてもらう交渉は切り上げた方がよさそうである。
そう思い、諦めたコレットだったが、側に控えた出来る侍女のミアは許さなかった。
「アンリ様、コレット様は気丈に振る舞っていますが邸では塞ぎ込みがちです。それが理由で私もタウン・ハウス勤めに変わりましたので、どうか週一でもお会いしてお話していただけませんでしょうか」
「! やっぱり、大丈夫じゃなかったんだ。だからしばらくは邸から出仕すると言ったのに」
「ミア! そういうことではないのよ。アンリに迷惑をかけたくなかったの」
「結局、気分転換に僕に会いに来たなら、一緒じゃないか」
全然違う、とコレットは主張したかった。今日ここに来たのはダイエットを遂行するためであり、気落ちした心をアンリにいたわってもらいたい訳ではないのだ。
「やっぱり邸に戻るよ。姉さんの大丈夫は、昔から全然信用できないからね」
「そうじゃないのよ、アンリ! 早まらないで」
勝手に結論付けるアンリに、必死で食い下がる。
アンリが邸に戻ってきたらコレットの怠惰な生活の全容を執事が彼に暴露する可能性がある。
(アンリにあのような姿を知られるわけにはいかないわ)
家人、メイドにバレるのは良かったのか甚だ疑問ではあるが、コレットは弟には、いいお姉ちゃんの印象を持ってもらいたかったのだ。姉心というやつである。
目の前で、ちょっとした姉弟喧嘩を繰り広げる二人に、フランシスは気分転換の代案を思いつき提示する。
「気分転換なら、城の公開施設を利用したらどうだろうか? 利用許可証を発行してもらえば、自由に入れるはずだよ」
「城の公開施設、ですか?」
「ああ。図書館に植物園、庭園に食堂やカフェテリアも利用が出来るようになるはずだ」
「そのような公開施設があるのですね」
コレットは目を輝かせた。そこなら領地と同じようにいかなくても運動することができるだろう。しかも誘惑をかわしながら邸で過ごすより何倍も精神衛生的に良さそうである。
「あまり大々的に宣伝はしていませんからね。よければ保証人は公爵子息が請け負いましょう。そうすれば確実に通りますから」
「よ、よろしいのですか?」
「ええ。あなたの心の安寧のためだと思えば、安いものです」
穏やかに笑うフランシスに、コレットは感謝を述べる。そのまま二人で申請窓口へと向かったのだった。
その様相は、何本もの蝋燭を立てたバースディケーキに喩えられることがある。
「蝋燭よりも、イチゴに似ていると思うの」
真っ白なクリームの上にツヤツのイチゴがのったショートケーキを思い浮かべ、コレットは喉を鳴らす。
「お嬢様。もうすぐ到着しますから、そろそろ意識を保ってくださいませ」
ミアに指摘されコレットは姿勢を正した。
ダイエットを再開して数日が経過したのだが、一時浸かった怠惰な生活の悪影響は今もコレットを悩ませていた。
例えば先ほどのように、建物がケーキに見えたり、『ドレス』を『お菓子』と聞き間違えるありさまである。
目的地の軍の施設に足を運び、受付でアンリの呼び出しを依頼する。午後の休憩に合わせて持参したカップケーキとシフォンケーキの差し入れを渡し、配ってもらえるようにお願いした。
「ご丁寧にありがとうございます。アンリ殿のご婚約者さまでございますか?」
「いいえ。姉でございます」
受付係が不思議な表情を浮かべる。普通は軍に従事する夫や婚約者のために訪れる女性がほとんどなのだ。もしくは人気のある人物のファンなどもいる。逆に母親や姉などの家族が来るとマザコンやシスコンの噂を呼び込むため、男性側が敬遠することが多いのである。
「先日、弟の上官にお世話になったものですから、そのお礼です。ですが事前にお話を通していなかったので、弟にお願いしようと思いましたの」
コレットが説明すると、受付係は納得の表情を見せて差し入れを持ってどこかへと運んでいった。
しばらくして、アンリが駆けつける。その様子はどこか慌てていて、開口一番怒鳴られてしまった。
「姉さん! 来るならちゃんと前触れを出してよ。道中誰か変なヤツを見かけたりしなかった?」
「ご、ごめんなさい。急に思い立ったものだから。それに、お願いしたいこともあって……」
「お願い?」
「実はね――」
コレットは困ったように、ここ数日の出来事を話しはじめた。
カロリーヌとミアにダイエットを誓った日、まずは前回同様にタウン・ハウスの家人、メイドたちに協力を仰いだ。
最初は難色を示したが、コレットとミアの領地での取り組みを説明した結果、渋々ではあるが頷いてくれた。
周囲を納得させ、何とかダイエット再開に漕ぎつけたのだが、ここには領地のように歩き回れる場所が無かったのである。
「城下町に行こうとしたら、ミアからも止められてしまったの」
「当たり前だよ。何考えているのさ」
「でも、食事制限だけでは足りないのよ。乗馬や長時間の散歩は必須なの。しかもあの屋敷は誘惑が多いから、できれば外に出たいのよ」
コレットのダイエットに協力してくれると頷いた人々が、隙を見てはお菓子を差し入れしてくるのである。
長年、食べることを中心に生活していたコレットが、何も食べずに過ごしているのを見ると食べさせてあげたいという使命感に駆られるのだという。ひもじい思いをしているのではと、心配になるとも言われてしまった。
「このままだと、舞踏会シーズンに合わせて作ったドレスが全滅なの。この太った体を何とかしないと!」
沈痛な面持ちのコレットを、アンリは理解できないという風に眺めた。別にどこも太っているように見えなかったのである。
「今日のドレスはぴったりだし、久々に会った時と同じに見えるのだけど」
「これは領地からミアが持ってきてくれた、ワンサイズ大きいドレスなのよ。舞踏会シーズンのドレスはもう少し絞らないと入らないの。お願い! 毎日差し入れに来ることを許してちょうだい」
大好きな姉の頼みである。同意したいのは山々だが、十六歳のアンリはシスコンの評判が付くことに躊躇いがあった。
「せめて週一。いや一ヶ月に一回が限界だよ、姉さん」
「そんな!」
頼みの綱が絶たれ、コレットは途方に暮れた。もう邸の中と狭い庭をグルグル周回し続けるしか道は無さそうである。
(それは、続く気がしないわ。きっとすぐに部屋に籠ってだらけるに決まっているのよ)
コレットは自分の軟弱な性格をよく理解していた。
引き下がれないコレットと、引き受たくないアンリが対峙しているその場所に、少し遅れて到着した者がいた。
「こんにちは、コレット。差し入れをありがとうございます」
受付係が気を利かせて連絡してくれたことで、フランシスが差し入れのお礼を伝えに出向いたのだ。
「! フランシス様。先日は見苦しい場面をお見せしてしまって大変申し訳ありませんでした」
フランシスの登場に、一番困惑したのはコレットである。
正直、あの修羅場に同席したフランシスとは顔を合わせ辛いと思っていて、できれば会いたくないとすら思っていた。
ただ、アンリがこの訪問を嫌がることが分かっていたので、なんとかひねり出した訪問理由が『フランシスへのお礼』だっただけである。
「いいえ。コレットが謝ることなど一つもありませんよ。悪いのはあの二人だ」
「ですが、私も当事者ではありますので。公爵家の舞踏会に不要な醜聞を持ち込んでしまったことに変わりはありませんわ」
「あなたは、アンリ同様に潔癖な考え方をされるのですね。あんな目にあったのです。多少彼らを非難したところで、誰も責めたりしませんよ」
「お心遣いありがとうございます」
これ以上、恥を上塗りしたくないコレットは、ひたすらに低姿勢に徹する。
そして、フランシスがアンリを呼びに来た以上、訪問を認めてもらう交渉は切り上げた方がよさそうである。
そう思い、諦めたコレットだったが、側に控えた出来る侍女のミアは許さなかった。
「アンリ様、コレット様は気丈に振る舞っていますが邸では塞ぎ込みがちです。それが理由で私もタウン・ハウス勤めに変わりましたので、どうか週一でもお会いしてお話していただけませんでしょうか」
「! やっぱり、大丈夫じゃなかったんだ。だからしばらくは邸から出仕すると言ったのに」
「ミア! そういうことではないのよ。アンリに迷惑をかけたくなかったの」
「結局、気分転換に僕に会いに来たなら、一緒じゃないか」
全然違う、とコレットは主張したかった。今日ここに来たのはダイエットを遂行するためであり、気落ちした心をアンリにいたわってもらいたい訳ではないのだ。
「やっぱり邸に戻るよ。姉さんの大丈夫は、昔から全然信用できないからね」
「そうじゃないのよ、アンリ! 早まらないで」
勝手に結論付けるアンリに、必死で食い下がる。
アンリが邸に戻ってきたらコレットの怠惰な生活の全容を執事が彼に暴露する可能性がある。
(アンリにあのような姿を知られるわけにはいかないわ)
家人、メイドにバレるのは良かったのか甚だ疑問ではあるが、コレットは弟には、いいお姉ちゃんの印象を持ってもらいたかったのだ。姉心というやつである。
目の前で、ちょっとした姉弟喧嘩を繰り広げる二人に、フランシスは気分転換の代案を思いつき提示する。
「気分転換なら、城の公開施設を利用したらどうだろうか? 利用許可証を発行してもらえば、自由に入れるはずだよ」
「城の公開施設、ですか?」
「ああ。図書館に植物園、庭園に食堂やカフェテリアも利用が出来るようになるはずだ」
「そのような公開施設があるのですね」
コレットは目を輝かせた。そこなら領地と同じようにいかなくても運動することができるだろう。しかも誘惑をかわしながら邸で過ごすより何倍も精神衛生的に良さそうである。
「あまり大々的に宣伝はしていませんからね。よければ保証人は公爵子息が請け負いましょう。そうすれば確実に通りますから」
「よ、よろしいのですか?」
「ええ。あなたの心の安寧のためだと思えば、安いものです」
穏やかに笑うフランシスに、コレットは感謝を述べる。そのまま二人で申請窓口へと向かったのだった。