Lの色彩
亡愛症候群は、愛してるものを忘れていく奇病だという。
これは奇病にしては珍しく罹患者の多い症状で、その多くは対人で発生する症状だ。
「愛している人を忘れていく病気」というのがこの奇病の基本症状だが満の症状は珍しいうえに特定の条件下でのみ発生した。
好きの対象が人間に限らないこと。
彼女が「好き」「愛している」などの感情を伴わせて直接的な単語を口にすること。
要するに、ケーキを見て「私、このケーキ好き」といったことを口にした瞬間、彼女はそれが自分の好物だったという認識を失くすのだ。
「事実関係の記憶や直前までの会話までを忘れることは、薬も出しますから今後はないでしょう。満さん、これはとても難しい治療です。あなたに治す気がないと手伝えません」
「わ、わたしがんばる、先生わたしはどうしたらいいんですか?」
「好き、とか。愛してる、とか、そういう単語は完治するまで一切口に出してはいけません」
大人にだってかなり難しい注文だ。好きという単語は感情表現をするにあたって頻出する言葉でもある。
目の前の少女の顔を見つめながら誰より心を痛めていたのは間違いなく瀬戸口医師だったことだろう。
思いつく限りの直接的な好意を表現する単語をすべて禁止にした。
一覧表まで、両親と話しながらつくりあげた。
なんの罰ゲームだろうと、呆然とする兄弟はうまく理解はできなかったが察することはしたのだろう。
いつもの喧嘩の雰囲気は影を潜め、ただ妹の、姉の手を握って両側から優しく寄り添っていた。
満からもう、家族に向かって、あの笑顔で好きだと口にされる日はこないのだ。小学生の彼女にはあまりに酷で難しすぎる注文だった。