Lの色彩
「高橋だとよくいるので下の名前でいいですよ」
「営業部ではそうなんですか?」
初対面の人間と一対一でお話しましょうなんて小学校以来じゃないか。人間関係というのは歳を重ねれば共通の知り合いを介して会話してみたり、グループからなんとなく個人的なやり取りに発展することが常だ。
お友達になりましょうだとかひとめぼれしましたではないし、話題を振るのがこんなに難しいとは知らなかった。自分はコミュ障じゃないと思っていたのに、とまた内心頭を抱えた。
「聞きたいことがあるんですけど、ファンタジーってどう思います?」
「へ? ファンタジー? うーん、夢があってす…すごく面白いと思うけど」
「暗いファンタジーだったら?」
「苦手ですねえ、なんか悲しくなっちゃう話はみんな苦手」
「実際に、ファンタジーの住人がこの世にいたらどう思います?」
脈絡のないこの質問が、半分くらい賭けみたいなものだった。ファンタジーの住人、それは必ずしもいい魔法使いや可愛らしい動物や不思議なできごとなんかじゃない。
自分たちはその一員だという意識がある。
これは自分一人にかかわらず奇病科患者なら誰しもが持っている一種のコンプレックスでもあると知っていた。
自分はなんて醜いんだろう。
綺麗なファンタジーなんて語れるわけがないじゃないか。
自分は主人公と旅する魔法使いなんかじゃない。
忌み嫌われる魔物のほうだ。
撃ち落とされるべき災厄だ。
こういったファンタジーに結びついたマイナス思考のことを童話症候群という。
奇病患者に併発しやすい心理的なうつや失調を総称してそう呼ぶ。
通常のうつ病や自律神経失調症なんかとはすこし勝手が違うそうだがそのあたりはまあどうでもいいとして。
たとえば満も、童話症候群とまではいかなくたって自分と同じような経験があるとすればきっと
「高橋さんって」
こくり、と喉が鳴る。
「童話症候群なんですか」
その固めた笑顔を引っぺがしたぞ、と。こわばった顔をした彼女の目には、にやりと口角をあげた自分が写っていた。