Lの色彩

 笑いたくなる気持ちはわかる。

 悲観主義は度を越えると笑うしかなくなるものだ。自分と同じだなと色人は満を見つめた。

「治療法は?」

「ないです。あー、過去に似たような症例が一件あって『目の前で家族が死亡』ってやつが」

「笑えないですよ」

「私の家族には長生きしてもらわないとですから」

 キャラメルソースをコーヒーに溶かす。

 冷めてしまったのかうまく溶けない。お気に入りのそれを飲むことすらやめてしまうほど色人の指摘は彼女を動揺させたらしかった。

 自分のマグカップも温くなっていた。店の赤いロゴが入ったカップの真ん中あたりがぼんやりと歪んでいる。

 自分の見ているものも、生きている場所も、本当は他人と何かが違うんだと見えない赤を見かけるたびにそう思う。

 クリームがついた唇を満が舐める。目の前の女性の透明な唇は血色の良い薄ピンクに戻っていた。塗っていた口紅の部分は大方落ちてしまったのだろう。

「……高橋さんは? なんて病気?」

「俺は摂色障害」

「ご飯、食べられないんですか?」

「食事じゃなくて色って書くんです」

 満の亡愛の横に色人もペンを走らせる。

 初診の日、瀬戸口医師が書いてくれたのと同じように色が摂れない、と書かれたその二文字はそのまま自分を表しているようで自分で書いておきながら破り捨てたいと強く思った。
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