Lの色彩


「驚きましたよ、まあ前向きになってくれたならよかった」

 訪れたのは奇病科、瀬戸口医師のところだった。午後は休診だったはずだ、と慌てて電車に飛び乗れば、受付で帰り支度をしているナースたちを運よく捕まえた。

 今日は終わりで、というナースを制止して診察室に案内してくれた瀬戸口医師はどことなく泣きそうに見えた。

「なにかいいことでもあったんですか?」

「愛島満が同じ会社でした」

「ああ、たしかに、言われてみればそうですね」

 ほかの科に比べて、奇病科の患者は数が少ない。

 その分重篤であることも多いけれど、瀬戸口医師は自分の患者のことをしっかり把握しているらしい。

 少ないとは言っても百人以上は確実にいるのだから、この人の誠実さはやっぱり本物なのだろう。

「それで、なんで奇病科に?」

「諦めることをやめようって思ったんです」

「なぜ?」

「満さんが諦めてたから」

 自分とおなじように、彼女だって治るわけがないって諦めていた。

 言葉に出さなくたってわかる、自分たちは同じ失敗作だから。人並みにすらなれない、人知を超えた理解されえない症状を抱えてどうして自分がと心の底で叫び続けている。

 いつだって、諦めているようで、諦めきれなくて、その不毛さに疲れてしまって、どうしようもない焦燥感を燻ぶらせているのだ。ぶつける場所なんてどこにも存在しない。

「自分以外の患者なんて話すことないですから、それこそ第三病棟にでも行かない限り」

「そうですねえ、そういうサロンみたいなものを企画したことはありましたが院長から却下されたことがありました」

 プライバシーとかの問題があってね、と言われてそれもそうかと妙に納得した。
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