Lの色彩


 営業らしさ、とでもいえばいいのか目標を決めてしまえばあとは早い。

 どうやって距離を詰めよう、どうしたら好きになってもらえるだろう。

 デートはどこへ誘えばいい、彼女は何が好きなんだろう。

 もうなにもできないだろうという虚無感に苛まれて生きていた。

 たった一色見えないことが、その自分の視界が何もかもを否定しているような気さえして。 

 もう治らないのであれば、でも彼女のために何かできるのであれば、自分のことなんかどうでもよかった。

「満さん、この日は空いてますか。前にこの写真家好きだって言ってたでしょ」

「え、覚えててくれたんですか? わあ、嬉しい」

 人に好かれるのは難しくない。共通の話題、耳障りのいい話し方、笑顔、はっきり話すこと。先輩社員に言われてきたことを思い出す。

 自分たちには童話症候群という、奇病というだれも立ち入れない共通の話題がある。

 それを認めている自分たちの空間に誰も入ってくることなんかできるわけがない。

「高橋さん、最近なんか……」

「ん?」

「……い、いえ、なんでも。私最近、秘書課で冷やかされるんですよ、誰かさんのせいで」

「それは大変ですね。俺としては願ったりかなったりですけど」

「またそんな言い方! だめですよ、もっとこう、真摯じゃないと!」

 まだだ。まだ駄目だ。

 せめて、名前で呼んでもらうまでは。
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