Lの色彩
「私、勘違いします、自惚れます。私をわかってくれる人が、私に好意的なんだって。けど私はそれを返す手段がひとつ足りないんです。みんなができることを私だけができないでいる。なにも言えないから私から言わなくていいって甘えているんです。そんな、わけは……ないってわかってるのに」
駅から少し離れているとはいえ都内はどこも人が多い。
まばらに通りすがっていく人たちはこちらに見向きもせず、ポケットに手を突っ込んでいたり、手元に意識を集中させて前も見ない。
誰も自分たちのことなんて見ていない。気づかれない。それはずっと孤独なのだと思っていた。
外から見てわかる病気じゃない。誰かに伝染るものでもない。
だれからも理解されないまま、この世界の終わりまで歩いていかねばならないのかとその歩みを止めそうになったことなど一回二回ではない。お互いに。
「どうして、どうしてこんな気持ちにさせるんですか。こんなに言葉にしたいのに、そうした瞬間、私は色人さんを忘れてしまうんです。今ここで叫んでも、数秒後に私たちは他人になってしまう。そんなの、そんなのって」
「満さん」
泣き出した彼女を、さすがに周囲が何事かと少しだけ目線を投げてくる。
誰もこちらをみないという当たり前のことさえも孤独だと感じていたのに、彼女がいればそれでいいと思うし、同じくらいこちらを見るなと思う。
自分のために満が泣いている。それだけでよかった。
「俺だってひとつ足りてない。好きだ好きだと言いながら、俺はそれが見えないままでいる。満さんと同じものが好きなのに、それを共有できないでいる。それはダメなことなんですか?」
「だめじゃないです! そんなわけないです! 私が、私の気持ちに、寄り添ってくれるじゃないですか」
「そのつもりです。だから別に満さんができないことをそんなに責めないでください。あと勘違いじゃないし大いに自惚れてほしいので俺が言います。俺は満さんが好きです。大好きです。満さんが言えない一回を、俺が千回でも二千回でも代わりに言います。俺があなたの声になる。満さんがそれを許してくれるなら」
溶けたアイシャドウが涙に混ざってきらきらと光る。赤ではないそれを綺麗だと思った。
彼女の顔に、赤い部分はない。自分と会う日のリップはピンクに変えたと教えてくれた。
たとえ世界中から色が消えても、彼女の涙が見えるほうが、もっともっと有益だと思う。
「私も、私が口に出せない分、私は色人さんの目になります。それがどういう赤なのか、どう違うのか、何が美しいのかを色人さんに伝えられるように。私が見て、ずっとずっと覚えています。いつかまた見たときに、色人さんが見えたときに、あの日と同じなんですって伝えられるように」
生きてきて、見えないことに感謝する日が来るなんて思わなかった。
飾り気のない彼女の手を取って、「愛しています」と口にすれば「私もです」と、やっと満は笑った。