双生モラトリアム
ドンドン、と突然ドアが叩かれて、ビクッと体が跳ねた。
(……誰?)
時計を見れば、今は夜の8時半。
こんな時間にセールスが来るとは思えないし、家賃やら何やらの滞納はしてないはず。あとの訪問者の可能性と言えば……全く心当たりがない。
それに、灯りは点けてないのになぜドアを叩くの? 静かにご飯を食べてただけなのに……意味がわからなくて怖い!!
ガタガタ震えながら体を抱きしめていると、ドア越しに意外な声を聞いた。
『……唯、開けろ』
「……樹!?」
突然の出来事に、頭が真っ白になった。
樹が一人でこのアパートにきた事はない。いつも舞と一緒で。それが当たり前だったはず。
『早く開けてくれ!寒い』
「あ……はい!」
命令し慣れた有無を言わさない声に、慌ててドアを開けば。驚いたことに樹は全身に雪が着いてる。
「は、早く入って!今ストーブを点けるから」
灯油代が、なんて言ってる場合じゃない。妹の婚約者に風邪を引かせるわけにはいかない。
バスタオルを何枚か出して樹に渡すと、すぐにお風呂を沸かしに走った。それからお熱い茶を淹れるためにガスコンロの前に立つと、いきなり後ろから抱きしめられて驚いた。
「……あの、樹?」
「…………」
なんだか、様子がおかしい。突然アパートにきたことといい……そこで、あ!とひとつの可能性が頭をよぎった。
婚約者の舞がいないか訪ねてきたんだ。今はお母さんと出かけてるから……。舞は都心のマンションでひとり暮しだけど、お母さんと出掛けるためアパートにもよく来るし。
「舞なら、お母さんと出かけたままだよ」
「………違う」
きっぱり否定されて、ならなぜ?とよくわからないでいると、樹はボソッと呟いた。
「……なんで……来なかった?」