双生モラトリアム
「来なかった……って、今日は……雪、んっ」
突然、強引に唇を奪われた。
身体ごと前を向かされ、何度も何度もキスをされる。
この何年かで教え込まれてきた快楽に、身体は従順で。すぐに彼が望む反応を返してしまう。
(ダメ……お母さんと舞が……帰って来るかもしれない……)
なけなしの理性をかき集め、震える手で樹の腕を叩く。けれど、彼にとってはささやかな抵抗にしかならない。
だけど、いきなり左手を掴んだ樹から意外な言葉が出た。
「……顔と手、どうした?足も痛いのか?」
「あ……自転車で……転んで……」
「…………」
何を考えたのか、樹はスマホを出すとどこかに電話をかけ始めた。そして「行くぞ」と立ちあがり玄関で靴を履く。
「え……あの……樹、体が冷えてるままじゃ……」
「さっきので暖まった。ほら、行くぞ」
ケガをしてない方の手を掴まれ、強引に連れ出された先には。運転手がいない普通車。その助手席に放り込まれ、樹は運転席に座り私のシートベルトをはめてくれた。
「あ……ありがとう」
「いい。オレのかかりつけが今からならケガを診てくれるらしいから、行くぞ」
「えっ……べ、別にいい……!今日、産婦人科で一緒に診てもらえたから……」
私が慌ててそう言えば、樹はぴくっと眉を動かしてこちらを向いた。
「……産婦人科?」
その時、樹は。何故か嬉しいような、それでいて悲しいような。複雑な顔をした。