双生モラトリアム
(また……お母さん……仕事クビになったんだ……)
折りたたみのテーブルの上には、地元のフリーペーパーとともに無料の求人誌が見えた。
工場のパートに働きに出たのが半年前。座りながら部品の加工や検査をする仕事だから楽よ、と笑っていたお母さん。慣れない仕事でも、一生懸命頑張って働いていたのは知ってる。
また、私に心配させないために隠そうとしてる……。それなら、私は気付かないふりをしなくちゃいけない。
唯一の暖房である石油ストーブの上でお餅を焼いて、暖めたぜんざいに浮かべればお汁粉の出来上り。
「お母さん、お汁粉でも食べてて。私はお風呂入ってくるから」
「ありがと。着替えは用意しておいたよ」
「うん、サンキュ」
私がお椀を渡す時、お母さんは一瞬何か言いたげな素振りを見せたけれど。すぐに諦めたように、開いた口で曖昧に笑う。
「ああ、いい匂い……懐かしいね、団地に住んでた頃にあった餅つき大会とか」
「うん、私も好きだったな。きな粉とか大根おろしとか……」
さりげなさを装いながら、内心は焦りばくばくと心臓が煩かった。
雨でも、消えない、メントールのキツい匂い。
樹の、纏わせた香り。
自分でも香ったと感じたのだから、お母さんが気付かないはずがない。何度も、何度も、同じ香りを纏って夜遅く帰る私に何かあると。
でも、お母さんはまだなにも言わない。
それをいいことに、私はまだなにも変えようとしなかった。
妹の婚約者のセフレ、という最低な裏切り行為を。