双生モラトリアム


「……憶えてて、くれたんだ」

それは小さな小さな呟きで、意味のある音として私の耳には入らなかった。

「えっ?」
「……何でもないよ。このバニラヨーグルトはどう?好きじゃない?」
「……え、ええ」

(なんで私の好きなものを知ってるんだろう……)

当然疑問はわいたけど、高熱のあるぼんやりした頭ではろくに思考ができなくて。大好物のバニラヨーグルトを手にして、とにかく食べなきゃとスプーンを持った。

(早く治して……立花先生にお礼をしないと……)

療養すると言っても、家には戻れないしお金がないからホテルなんて無理。
頼れるような知人友人親戚もいない。
赤の他人なのに本当に図々しいとは承知してるけど、しばらく立花先生の厚意に甘えることにした。

(治ったら費用も含めて謝礼金を払って……あと、頼まれてたご飯作りと……迷惑じゃなきゃ家事もしよう)

お世辞にも、立花先生の部屋は片付いてると言えなかった。布団を敷いてる周囲10センチは洗濯物やゴミが散乱してるし、台所の流しも食器やゴミが積み上がってるのが見えた。

お医者さんとして通常の診察以外も忙しそうだし、バイトもしてるって言ってたっけ。

なんとかバニラヨーグルトを食べきると、それだけでいっぱいいっぱい。先生から渡された薬を飲むと、横になった時に布団を顔まで被された。

「辛くなったら言ってね。点滴するし」
「病院じゃないのにいいんですか?」
「大丈夫。自宅療養ってことで」

立ち上がった立花先生はすぐそばの加湿器に足をぶつけ「足の小指が……!」と悶絶してた。
それがおかしくて、思わずふふっと笑ってしまって。

「ひどいなあ……」と赤くなりながら頭を掻くのは……照れた時のクセ……

(あれ……私……なんでそんなこと知って……)

うつらうつら夢見心地でいるうちに、そのまま深い眠りに落ちていった。

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