双生モラトリアム


「ただいま……」

翌日部屋に帰ってきたけど、お母さんは不在でホッとした。

(……良かった……まだ気まずいもんね……)

「仕事用の荷物……荷物……と」

洗濯しておいた制服とエプロンをタンスから出した。明日からまた出勤すると職場には伝えてある。電話に出たのはあいにく他の社員さんで、完全に事務的な対応をされたけど。今さらだからなんとも思わない。

出勤用の荷物をトートバックに詰めると、あとはやることがなくなってぼんやりした。

(……立花先生……何の冗談だろう……私と住みたいって……)

ひとり暮しで寂しかったから、血迷っただけ……だと思う。私と暮らすメリット……家事をやってくれる……くらいかな?
あとは、寂しさを埋める同居人?
それくらいしか思い当たらない。

(うん、私も本気にするほどバカじゃない……自分の価値くらいわかってるし)

舞みたいに引く手あまたな美女はともかく、平凡以下な女の私にどんな男性でも異性として惹かれるはずないものね。

「それより……立花先生へのお礼どうしよう」

なにかあった時の為に、と連絡用のスマホと部屋のスペアキーを渡された。断ったのに、かなり強引に持たされたんだ。

「今日は……いつもの外来だけって言ってたっけ」


確か、夜の8時には帰れるって言ってた。なら、それに合わせて出来上がるように夕食を作ればいいかな。

(きっちり食費まで渡されてたし……うん、そうしよう!まずはスーパーに行って……と)

立花先生は魚が好きみたいだから、海鮮メインのお鍋にしようかな。〆は雑炊かうどんを入れて……

考えてるだけで、何だか心が浮き立ってきた。

(そう言えば……誰かのために作るのは久しぶりだ……)


お母さんと自分には、日常のルーティンみたいな感じで決まったメニューばかりだったし。こうして考えてるだけで楽しかった。
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