双生モラトリアム
「お願い……“いっくん”……もう、あの約束に囚われる必要は……ないから」
私がぽろぽろと涙を流しながら俯くと、唐突に床に体を倒された。ドン!と拳が頭の横に降ってくる。ビクン、と体が強張ると。全身で私を組み強いた樹は、自虐的な笑みで口元を歪ませた。
「ああ……そういえば、居たな……そんな、馬鹿で愚かな……一匹のガキが……」
「……樹……?」
“居た”ーー?
何を、言ってるの?
「樹……いっくんは……樹でしょう?だって……再会した時に……」
「ああ、確かに“いっくんは”オレでもあったな……」
ククッと、樹は何が面白いのか笑い声を上げる。
「馬鹿で愚かなガキは……オレだけじゃなかった。もう一人のガキが……」
それだけ話すと、樹は何度か頭を振ってハッと鼻を鳴らした。
「……そんな昔話はどうでもいい……唯」
「……いっ……!」
樹は突然、私の首筋に噛みついた。かなりの力で噛まれて、ジンジンと熱い痛みが走る。きっと血が滲んだだろうそこを、彼はぺろりと舐めた。
「……言っただろう、おまえが誰のモノか解らせてやると」
「……い、樹……」
「舞とは、結婚する。だが、オレはおまえとここで暮らす」
「……!!」
どん、と両手で思いっきり樹の体を叩いた。
あまりにふざけてるし、私たちを軽んじバカにし過ぎてる……!!
いくらなんでもひどい!
樹への悲しみと怒りと侮蔑と……いろんな感情がごちゃ混ぜになって、彼へありったけの罵詈雑言を浴びせたかったし、頭に血が上って殴りたいとまで思った。
だけど、私の抗議なんて……樹にはそよ風のようなもの。
両手を纏めて縛られた上にがっちりと身体を床に縫い止められ、身動きとれない私に樹はこう告げた。
「舞も、大切にするさ……ステイタス重視のお飾りの妻として。だが、本当のオレの女は……唯、おまえだけだ」