双生モラトリアム
「……唯、唯!」
懐かしい……声……。
夢うつつで聞いた声は、あの無邪気な幼い日の続きのようで……目が覚めたくなかった。
でも、そんな甘い夢はすぐに覚めてしまう。
ゆっくり目を開くと、ベージュの天井と……木目調の壁をベースにした、落ち着いた雰囲気の室内。一流ホテルのような豪奢な内装だけど……樹のマンションとは違う?
混乱気味になりながらゆっくり辺りを見回すと、見知った顔があって名前が口を突いてでた。
「……た、ちばな、先生……ゴホッ!」
「ああ、焦らないで……ゆっくり呼吸するんだ」
咳き込んだ私の背中をゆっくりゆっくり撫でてから、とんとんと優しく叩いてくれた。
「ずいぶん喉も痛めてるし、体の衰弱もある……しばらくゆっくり休むといい」
白衣を着た立花先生は、聴診器を耳にかけてるし近くには看護師さんらしい白衣のひともいる。
「……ここ、は?病院……?」
「うん、僕のバイト先だけどね。一応、知りあいもいるしツテもある……安心して休んでていいよ」
にっこりと笑う立花先生は、多分今の私の状態を考えて詳しいことを話さないんだろう。
樹のマンションに1ヶ月近くいたはずなのに、なぜ今病院にいるのか……とか。
「そうそう、医療費は心配しないで。唯は僕の婚約者ってことになってるし、一応僕も貯金はあるから」
「婚約者……?でも、私は……」
全て言わなくてもわかるだろう。私が散々樹に弄ばれたことは……。
「うん、また後で話をしよう。少なくとも君は心身を休めて回復を優先しなきゃね。それからでも遅くはないよ……“ゆーちゃん”」
「えっ……」
私が顔を向ける前に、立花先生は部屋を出てドアを閉めていった。