双生モラトリアム
翌朝、颯は外来があるからと慌ただしく出ていった。診察は午前中だけと言ってたし、緊急な出産が無ければ昼過ぎには帰れるって言ってたっけ。
(お昼ご飯でも作っててあげようかな……)
以前作ろうとした時は樹に邪魔されてしまったし、と冷蔵庫を開いて頭を振った。
(樹のことは考えない!もう……私の中では終わったことなんだから)
終わった……妙にその言葉がストン、と胸に落ちていく。
不思議と、樹のことを考えても以前のように心が動かない。 感情が波打つこともない。
(そうか……私……)
もう、樹のことを好きじゃないんだ……。
一抹の寂しさとともに素直にそれを認められたのは 、きっと颯がいてくれたからだ。彼が私を受けとめてくれたから。
(颯がいてくれれば……私は少しだけ強くなれる気がする……)
昨日はスーパーに寄って当面の食料品を買い込んでおいたから、一般的な食材はだいたい揃ってる。まずはご飯を炊こうと米びつのふたを開いた瞬間、違和感を感じた。
「あれ……?お米って……こんなに臭かった?」
いや、たぶん変わらないはず……何度か匂いを嗅いでみて、やっぱり変わらないという結論になったけど。何だか不愉快になる匂い……? 古くはないはずだし袋から開けたてなんだし。
(気にしない……気にしない。次は)
お米を研いでから冷蔵庫を開いて、良さそうな食材を見繕う。サーモンがあるからムニエルにでもしよう、と冷蔵庫から出して準備する。
パックのラップを外した瞬間、やけに鼻をつく生臭い匂いが気になる。加工日は昨日……腐ってるはずない、と我慢しながら料理を始めたけど。衣をつけるため手に取った瞬間、耐えきれなくなってトイレに駆け込み、吐いた。