双生モラトリアム
「……ねえ、楽しかった?」
髪を振り乱し血走った目でギョロリと見る舞は…… まるで別人のようだった。
「樹とアンタ……二人でアタシを騙して笑ってたんでしょ!ああ……さぞかし滑稽だったでしょ!すべてでアタシより劣るアンタがアタシをうまく騙しおおせた……ってさ!ねえ……キャハハハハハ!!」
ケタケタ、と笑う舞は……どう見ても、正気じゃなかった。
「舞……やめろ。オレの話を聞け!」
そばに近づいて制止しようとする樹の声も、逆に舞を激昂させるだけだった。
「そう……樹、バカなエリートさん?アンタ……アタシが子どもできないって知って安心したでしょ!知ってんだよ!!」
ガシャン、と舞は近くのダストボックスを樹へ向かい蹴り飛ばした。幸い彼は避けたけど、 1メートルほど吹っ飛んだそれは、派手な音を響かせて近くの車に当たった。
「舞……違う!騙してなんかない……!!この子は颯の子どもだよ。樹の子どもなんかじゃ……」
「ふざけんな!テメェ、ひとの婚約者寝とって知らん顔で他の男とちゃっかりよろしくやってんじゃねえよ!!当て付けみてえに妊娠なんぞしやがって……アタシがブライダルチェックで妊娠できない体って言われたの知って……笑ってやがったんだろおおっ!!」
舞の、絶叫のような叫びは……まるで泣き声のように、心に響いた。
「舞……本当なの?」
「ざーとらしー顔すんじゃねえ!ずっとアタシを羨んでたクセにな……何!?樹を奪って勝ったつもり?ざけんな!!」
もう一台のダストボックスも吹っ飛び、近くのガラスばりのドアを壊した。
「姉貴ずらすんな!ほんとの姉貴じゃねえクセに……父さんを殺した上に、母さんやアタシを苦しめた疫病神!!アンタなんか……アンタなんか!死ねばいい!」
「舞、やめろ!!」
舞は包丁を両手で構えると、止めようとした樹を振り切り突進してきた。
まるで、スローモーションだった。
こちらへ走ってくる舞。
私は固まったように身動きがとれなくて……
舞の凶刃が私へ近づいた瞬間、私の前に立ちはだかったひとがいたけど。
それは、颯だった。