双生モラトリアム


最悪な時は、トラブルが続くもの。

「あーすいません。つい先ほど最後の1個が売れてしまったんですよ」

店長に頼まれた、電動歯ブラシの替えブラシ。ラスト1個が数分前に売り切れだ……と聞かされがっくりきた上に、せめて他の物を買おうとレジに行けばレジ待ちの行列。しかも、ようやく会計に入り清算の時。カバンにあった財布がないことに気づいた。

(ない……!たしかお店を出る時はあったのに……)

その時ハッ、と思い出した。

(そうだ!車と接触して転んだ時……少しカバンの中身が散らばったっけ。きっとあの時落としたんだ)

お店の人に商品は後で会計すると預け、急いで自転車で戻る。どうか残っていますように……と祈る気持ちで現場に戻った。

まだ雪が降る厳しい条件のなか、近くの路肩や側溝等も必死に探したのだけど。30分かかっても、やっぱり財布は見つからなかった。

小銭入れだけはポケットにあったから、なんとか頼まれたものは買えたけど。

(明日からの生活費……どうしよう)
当面必要だった纏まったお金は財布に入れてあったから、それを失ってしまった事実に変わりはない。

お母さんが仕事をクビになったなら、私が稼ぐしかないのに……。

高卒で小さな会社の事務員の給料なんて、アパートで私たち親子二人が暮らすだけで精一杯だ。

(お母さんに謝らないと……)

しかも、途中でなにかを踏んだのかタイヤのチューブがパンクし、雪の中で自転車を押して歩く。暗く重い気分を抱えたまま、とぼとぼとお店に戻った。

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