御曹司は初心なお見合い妻への欲情を抑えきれない


「うぇー……すごいね。私情で今まで契約していたところ切ったってこと?」
「あ、いや、もともと期限が切れるから更新するか考えてたところだったらしいっすけど……そこに俺が運悪く……って感じですかね」

消沈しきった様子の渡さんに、とりあえずビールを勧めると、「ありがと」と力ない笑顔でお礼を言われた。

「ふぅん。まぁ、大企業だもんね。いくら親族でも好き勝手はさせないか。で、契約はどうしたの?」

渡さんは、ビールをごくごくと喉を鳴らして飲んでから答える。

「悩みましたよ。でも、同席してた部長の手前、実際俺が選べる選択肢は一択でしょ。男の沽券と営業としてのプライドをゴリゴリ上から踏みつぶされながらも完璧な笑顔で『ありがとうございます!』って頭下げましたよ」

遠い目でうっすらとした笑みを浮かべる渡さんを、君島先輩が「どんまい」と励ます。
私も「偉いですね、渡さん」と笑顔を向けた。

「たしかに沽券は踏みつぶされたのかもしれませんが、プライドはそんなことないと思います。会社の利益のために私情を押しやって頭を下げた渡さん、すごく立派です」

色々な人にニコニコと笑顔を作って頭を下げなければならない営業の仕事は、私は経験したことがないのでよくわからない。
それでも、それがどれほど大変な仕事かはわかる。

今日のこの会がこの居酒屋さんで行われているのだって、渡さんがまだこのお店を口説き続けているからだ。
プライベートでも仕事を忘れずにいる渡さんはすごい。


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