御曹司は初心なお見合い妻への欲情を抑えきれない
東堂さんの声や横顔に悲壮感みたいなものは浮かんでいない。
話し方から、たぶん、東堂さん本人が納得した上でのことだったのだろうというのはわかった。
それでも……と、なんだか割り切れない思いが喉の奥に引っ掛かるようで、そっと目を伏せ、その先にあった東堂さんの手に視線が止まる。
二日前に触らせてもらったばかりの、骨ばっていて私よりも皮膚が少しだけ固い手。
温かく大きい、なんでもつかみ取れそうな東堂さんの手でも、こぼれ落としてしまうものがあるのか。
「まぁ、どれも昔の話だし、今もそれについてどうこう思っているわけじゃない」
東堂さんはそう笑ったけれど、たとえ過去の話だとしても、諦めなければならなかった東堂さんの気持ちを思うと、悲しくなったし同時に少し驚いていた。
なにかを諦めることなんて誰でもあって当然なのに、東堂さんにもそういう過去があったのがなんだか信じられなかったからだ。
少し前に、東堂さんに短所はあるのかと聞いたけれど、やっぱり私はどこかで東堂さんは完璧だと思っていたらしい。
でも……東堂さんはこうは言っていても、仕方ない、とすぐに割り切れたわけではないんだろうと思うと、喉につかえた何かが重みを増した。
黙っていた渡さんが、ビールをあおってから東堂さんを見る。
その顔はやっぱりまだ不満そうだった。
「矛盾してる。仕事優先とか言いながら、春野にはぐいぐい来てるじゃん。言っておくけど、割り切った付き合いに春野は向いてないからな」