御曹司は初心なお見合い妻への欲情を抑えきれない
「これ、バッグに入ってたんだよね? ってことは通勤途中で入れられたってことでしょう?」
先輩に聞かれうなずく。
「そう、なりますね。電車とか……?」と答えながら、なんだか急に怖くなった。
確定したわけではないけれど、もしかしたら、犯人は私のすぐ後ろにいたのかもしれないと思うと背中が冷たくなる。
「春野ちゃんのバッグに手を伸ばして手紙を入れるってなると、だいぶ近づかなきゃ無理だし、よほど混み合った状態じゃないと不自然だから場面は限られるよね。朝、部屋を出るときにはなかったんでしょ?」
「はい。それは確実です。なので、それ以降で混んでたのは電車の中か……それと、会社のエレベーター内くらいです」
更衣室を出て、受付に向かいながら話す。
早い時間帯だから、まだ社内は静かで、ふたりのヒールの音がよく響いた。
「ちなみに、エレベーターで一緒だった人って覚えてる?」
「いえ……十人くらいはいたと思いますけど、ちょうど渡さんと一緒になったので話してて周りに気を回せていなくて」
同期だとか、明らかに知っている人がいなかったことくらいしかわからない。
誰が乗り合わせて、誰が背後にいたのかまったく覚えていない。
「あ、でも、左肩にバッグをかけてたんですけど、私の左側に立っていたのは渡さんなので、あとで聞いてみます。渡さんなら私よりも社内に顔が広いですし、周りにいた人を覚えているかもしれないので」
営業は色んな部署とかかわりがあるし、渡さんはコミュニケーション能力が高いから同期以外にも知り合いが多い。
そこに希望を見出していると、「そうだね」と言った先輩が、言いにくそうに口を開く。