アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ(修正中)
「君も好きに店を見てくれ。
 気に入った本があれば、俺の元に持って来てくれ。何冊でも構わない」
「あ、はい……」

 それだけ告げると、オルキデアはアリーシャと別れて店内に入ったのだった。

 本を探す大人や、母親と楽しそうに絵本を読む子供たちの横を擦り抜けて、目的の棚を見つける。

 ペルフェクトで出版されたペルフェクト語の小説の棚の前には、新刊を物色する者や立ち読みをする者など、数人の男女がいた。
 彼らを避けながら、出版社順に並んでいる本を順繰りに見ていくと、ようやく目当ての本を見つけたのだった。
 棚から取り出すと、表紙を捲って本を確認する。

(これだな。懐かしい)

 オルキデアが探していたのは、昨晩読んでいたSF小説の前後の巻数であった。

 SF作品ーーサイエンスフィクション作品の金字塔として有名なこの小説が出版されたのは、オルキデアが生まれる少し前の今から三十年以上前であった。
 それでも、男性を中心に未だに根強い人気を持つ作品でもあった。

 物語の舞台は、近未来の宇宙。
 宇宙戦争に巻き込まれて軍人として戦うことになる主人公と仲間たちだったが、敵軍にはかつての親友がおり、苦悩をしながらも戦っていくという内容であった。

 子供の頃、父のエラフが読んでおり、その姿を横で見ていた。
 その後、士官学校に入学し、学校内の図書館を訪れた際に、たまたま見つけたのだった。
 この小説が全五巻というのは、父から聞いており、あまり物語が長くないなら、すぐに読み終わるだろうと思ってのことだった。

 試しに借りて読んでみたところ、あまりに小説が面白く、続きが気になってしまった。
 つい寝食や勉強も忘れてしまう程に、五巻とも全て読み耽ったのだった。

 父はこの小説を全巻持っていたが、借金で屋敷を差押えられた際に、本も一緒に差押えられてしまった。
 その後、借金の返済を完遂して手元に戻ってきたはずだったが、何年か前に読もうと思い、部屋を探したところ一冊も見つからなかった。
 おそらく、今の屋敷に引っ越す際に、他の荷物に紛れて処分してしまったのだろうと思っていた。

 ところが、昨日、アリーシャの部屋以外の点検をした際に、書斎の本棚に三巻だけあったのを見つけた。
 他の巻数は見つけられなかったので、たまたま三巻だけ処分せずに残ったらしい。

 士官学校時代に全巻読んでいるので、なんとなく暇つぶしに読んでいただけだったが、物語の細部を忘れており、新鮮な気持ちで読み耽ってしまった。
 そうすると、前後の巻も読みたくなり、せっかくならと買いに来たのだった。

(ここから、物語が転機を迎えるからな)

 三巻の最後で、和解した主人公と敵軍の親友が、戦争の元凶である共通の敵を倒す為に、手を取り合って決戦の地へと向かう。
 しかし、四巻の序盤で仲間たちが次々と死んでいくことにショックを受けた親友が、共通の敵の味方となって再び敵となる。
 最後は主人公が親友を討って戦争は終わる。
 残された世界で仲間にバレないように、一人、艦橋で泣く主人公の場面が印象的であった。

 オルキデアは巻数を確認して、三巻以外の四冊を手に取ると、他にも気になる小説を一冊手に持つ。
 それから、場所を移動すると、戦術論や戦略論の棚に向かったのだった。

(新しい本が増えているな……しばらくゆっくりする暇がなかったから仕方がないか)

 仕事柄、どうしてもこういった本が気になってしまう。
 ただ、買っても一読しただけですぐに執務室の肥しにしてしまうので、最近はあまり買っていなかった。
 何冊か目を通して、気になった戦術論に関する一冊だけを選ぶと、オルキデアの買い物は終了した。

(さて、アリーシャはどこにいるんだ)

 仮とはいえ結婚した以上、アリーシャのことは信用している。
 逃げ出したり、怪しい動きはしないだろう。
 オルキデアは店内を彷徨くと、アリーシャの姿を探したのだった。
< 146 / 284 >

この作品をシェア

pagetop