アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ(修正中)
「アリーシャ」
「はい?」

 オルキデアはフルーツサンドを食べようとしていたアリーシャを呼び止めると、指を伸ばす。

「口元にクリームがついているぞ」

 そうして、アリーシャの口元についたクリームを指で掬うと、そのままペロリと舐めたのだった。

(甘いな。やはり、食べられるのは、せいぜいこれくらいか)

 近年、ハルモニア産の製菓の影響を受けて、ペルフェクトでも製菓産業が盛んになってきた。
 菓子の味自体もハルモニアの影響か、オルキデアが子供の頃よりも砂糖や蜂蜜がふんだんに使われるようになった。菓子全体の甘味が増したように思っていたが、どうやらその想像は間違いないらしい。
 甘味が苦手なオルキデアには、せいぜい舐める程度が限界であった。

(だが、夜戦時の非常食には丁度良いくらいか。緊張状態が続き、食事や水分摂取もままならない時は、適度な糖分が必要不可欠だからな)

 クリームを舐めた指を拭いていると、こちらをじっと見つめる視線に気づく。

「どうした?」

 向かいの席で手を止めて、耳まで真っ赤になりながら、何度も口を開閉させる。
 何かを伝えたがっているように見えるが、上手く言葉にならないようだった。
 なんとなく、察したオルキデアは指を拭く手を止めて、それに答える。

「まさか、君の口元についたクリームを取ったのはいいものの、君に舐めさせる訳にはいかないだろう。拭くのは君に対して失礼だろうと思って俺が舐めた。それだけだ」

 ーーまあ、そこまで、深く考えた訳ではないが。

 単純にクリームがもったいないのと、ここのクリームがどれくらい甘いのかを試してみたかったのもあって、舐めただけである。
 ただ、こう言うとアリーシャが困ると思ったので、理由をとってつけただけだった。

「そこは拭いて良かったと思いますが……」
「君の顔が汚いという意味に、とられかねないだろう。こんな些細なことで、いちいち君を傷つけるつもりはない」

 肩を竦めると、温くなったコーヒーに口をつける。
 頬を赤くしつつ、それでも美味しそうにフルーツサンドを食べるアリーシャを眺めていると、思い出したことがあった。

「ああ、そうだった。車を借りに行った際に、マルテから夕食をどうするか聞かれていたのを、すっかり忘れていた」
「夕食ですか? どうして、マルテさんが……」
「しばらくは、セシリアと交代で屋敷の様子を見に来てくれるらしい。住み慣れていなくて、心配だろうと」

 オルキデアも、アリーシャも、今の屋敷に住み始めたばかりで、まだまだ勝手が分からないだろうと、しばらくはセシリアとマルテの親子が手伝いに来てくれることになっていた。
 主に料理や洗濯などの家事を手伝うらしいが、それ以外でも言ってくれればやると話していた。

「今朝の朝食も、もしかして……」
「俺たちの様子を見に来ながら、作ってくれたらしい。……俺一人だと料理が作れないと思っているらしいな」

 実際に、アリーシャがどこまで家事が出来るかわからない以上ーー本人は簡単な料理なら作れると言っていたが。来てもらえるのはありがたかった。
 オルキデア一人では、せいぜい湯を沸かすのと、演習中に学んだ簡単な野営料理しか作れない。

「なんだか……おふたりに悪いです」
「いいんじゃないか。本人たちも好きでやっているみたいだからな。それで、昼食を食べたばかりで悪いが、夕食はどうする? いらないなら早めに連絡をくれと、マルテに言われてな」

 屋敷の管理をお願いしている以上、コーンウォール夫妻には屋敷の鍵を預けている。
 夕食がいらないなら、早めに連絡を入れないと、マルテかセシリアが屋敷で下準備を始めてしまうだろう。
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