アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ(修正中)
「……私も、ラナンキュラス様と一緒に行きたいです。でも、一つだけ教えて下さい」

 菫色の瞳にじっと見つめられる。

「私のことで、何かあったんですか?
 それとも……私がペルフェクト語がわかるからですか?」
「……何故、そう思った?」
「ラナンキュラス様は前に言いましたよね? 私の事は信頼出来る者に託す、と。
 それなのに、今日になって一緒に行くか聞いてくるということは、それが出来なくなったんじゃないですか?」
「そうとは限らないだろう」
「それでは、どうして今日聞いたんですか? もっと早く行っても良かったはずです。何かが急に変更になったからじゃないんですか?」

 アリーシャの鋭い観察眼に舌を巻きそうになる。
 感心すると、ソファーに深く座り直す。

「ただ単に俺が、君を……アリーシャを連れて行きたいだけかもしれないぞ?」
「そ、それは……」

 言葉に詰まるアリーシャに、オルキデアは「冗談だ」と口元を緩める。

「だが、君が言っていることは、ほぼ間違っていない」
「それって……」
「ああ。さっき、基地の上層部に呼ばれてきた。この間の薬を盛った兵のことでな。
 やはり、相手には反省の見込みがないらしい」

 先日、アリーシャに薬を盛った兵の共犯車である見張りの兵を特定しようと、軍に常駐している部隊ーーオルキデアが信頼出来ると判断して引き継いでいた。が兵の尋問を行なった。
 共犯者である見張りの名前ーー実は複数人いたらしい、はすぐに白状したが、それ以外の自らの行いを正当化し、遂には反省を拒否したのだった。

 平民出身の兵たちは、この兵を処罰するべきだと主張した。
 軍の治安を正す為にも、身分に関係なく処断するべきだと。

 けれども、それに反対する者がいたーー貴族出身の兵たちだった。

 普段から険悪だった両者は、この一件で、ますます溝を深め、昨夜はとうとう殴り合いに発展したそうだ。
 先に手を出した貴族出身は、減給と謹慎処分となったが、今度はその兵を擁護する、他の貴族出身の兵まで現れる次第だった。

「このまま、君をここに置いても、第二、第三の同じ事態が起こりかねない……いや、もっと酷いことが起こるかもしれない。
 それを防ぐためにも、連れて行きたいんだ。……君の身を守る為にも」
「私がこの基地の……争いの火種になっているんですね……」

 平民出身の兵と貴族出身の兵の対立は、目下、軍の悩みのタネの一つだった。
 身分が違うだけで、考え方、思想まで大きく変わってしまう。
 同じ閉鎖された環境の中で生活すると、どうしても両者の違いが出てしまい、それを理解出来ない者たちの間で、対立が止まないのであった。

「……そうだな。こちらの事情に巻き込んでしまってすまない」
「いいえ、ラナンキュラス様は悪くありません! ここまで、便宜を図って頂いてしまって……記憶が無いので、お役に立てないのが申し訳ないくらいです」

 ふるふると首を振って、辛そうに眉を潜めるアリーシャに胸が痛くなる。

 ーーそんな顔をさせたくなかった。だから、理由を話したくなかった。

 オルキデアは自分自身に腹が立ったのだった。

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