泣いてる君に恋した世界で、
美術室前までは来たものの、彼女らしき人物とすれ違うことはなかった。
やっぱあれは人じゃなかった?
いやいや、真昼間にそんなモノは出てくるわけがない。
落ち着け。今息が上がっているのはあのベンチから走ってきたからだ。決して恐怖とかそんなんじゃない。
それでも薄暗いこの雰囲気ある美術室にビビっている。
日の当たらない場所はこんなにも気味が悪いものなのか? 怖すぎだろ。
ふと視線があるところに止まった。
あれはスケッチか……?
不思議とそれに吸い込まれるように近付いて完成形ではない絵をじっと見た。
綺麗だと思った。素直に。
そこには桜の木とベンチに座って上を見上げてる人が描かれていた。楽しげで幸せそうだ。
俺もこの人みたいに自然と笑っていたいな……。
絵の中の人に憧れを抱いていると突然視界から消えた。
右を向くとスケッチブックを両手で抱えた女子が立っていた。俺に背を向けて。
その姿にゴクリと生唾を飲む。見間違えじゃないと確信したからだ。目の前の女子はあの日の彼女だ。本能がそう言っている。絶対。
「……ねえ。これ、見てた、よね?」
ほら。この声。間違いない。
透き通ったこの声。弱々しいけれど、どこか芯のあるこの声。絶対あの人だ。忘れるわけがない。
まじか。まさか同じ高校にいたとは。世間って案外狭いんだな。
「ねえ!見たかって聞いてんの!!」
「――! え、あはいミマシタケド……」
突然の大声に驚き、カタコトで返した俺に彼女は何やらブツクサと呟いている。何を言っているのかは聞こえない。それでも口元は微かに動いている。
そしてひと言だけ聞き取れた。
俺の聞き間違えじゃなければそう言ってた。
『さいあく』って。
変換すると『最悪』って文字が浮かんでくるんだけど不正解とかじゃないよな? むしろそれしかないよな?
「あの…… さっきから “さいあく” って言ってます……?」
「言ってます」
「え、なんで」
「なんでって……最悪だからそう言っただけど」
やっとこっちを見た彼女は鋭い目つきで俺を睨んでいる。あの日とは違いすぎだ。
もしかして別人? 本当の見間違い? だとしたら似すぎだ。声まで一緒なんて……あ。双子なら有り得る? たしか一卵性はそっくり瓜二つだって聞くし、テレビ番組とかでもたまに見る。
そんなことをぼんやり考え込んでいる間に彼女はさっきよりも窓際近くに移動していた。
そっと近付こうとすると床がミシッとなってしまって、また睨まれる。今度は何も言われなかった。ため息を除いては。
彼女はスケッチブックに視線を向けた。何ページか捲っていくと新たなまっさらなページに止まった。
てっきりさっきの絵の続きを描くかと思った俺は声を掛けていた。