泣いてる君に恋した世界で、
振り向くよりも先に身体が傾くのが分かって咄嗟に手すりを握った。
「っぶねぇ」と声を漏らし、背後では息が上がって整えている彼女。
見なくても分かっていた。さっきまで話してたからとかじゃなくて、声が彼女だったからだ。きっと俺の中で記憶されているんだろう。忘れられないくらいだから。
それでも見逃せない行動に俺は言った。
「何考えてんの!? ここ階段なの分かる?後ろから急に引っ張るの危ないだろ。手すりがすぐあったから良かったけどさ。無かったらあんたの事下敷きにしちゃってたかもしれないんだよ! それで死なれたりでもしたら、」
「ごめん!自分でも分かってる。でも何度声掛けても先に行っちゃうから……仕方なく……ごめんなさい」
「……あ、いや、別に、そこまで……俺こそごめん」
反省しているのか肩を落としている姿が以上にも胸の奥深くに突き刺さった。まるで小動物を見ているみたいだ。それは彼女を上から見下ろしているからなのかもしれない。
それでも、 “かわいい” と思った。
「また来てよ。お昼休み。私いつもいるから。ごめん危なっかしく引き止めて。それ言いに来ただけだから」
終始俯いていた彼女はそう言って軽やかに階段を下りていく。その後ろ姿はやっぱりあの日と同じだった。
「君、急いでんじゃないの?」
「え?うわ!そうだった!!」
再び進みはじめた足は駆け足で、急いでいるはずなのに心做しか時の流れがゆっくりしている。このふわふわする感覚はなんだろう。頭の中は彼女のイタズラな笑顔でいっぱいだ。
『また来てね』か。
どうせ暇だし、行ってみるか。それに彼女の描く絵をもっと見てみたい。
あの一瞬見えたスケッチブックの中身もなんか凄いのあった。彼女の色彩感覚はどうなっているのだろう。
俺が描かれたアレを見て、桜の色とか俺には単色にしか見えていないのに、彼女の目にはあんな色とりどりに見えているんだと思ったらなかなかの色彩能力だ。
もう俺の頭ん中は実験よりそっちのけだった。