泣いてる君に恋した世界で、
「私の周りでは結構な確率で好感度UPしてるんだよ、槙田くんって」
「……まじか」
「そ。マジマジ。さっき取り囲んでた内ほとんど私の友だちだったし、ていうか、槙田くん普通にかっこいいじゃん? 勉強よりもきっとそっちの方が大きいと思う。あと……えーっと……あー……」
また言葉のリズムが落ちてきた。でも今度は青ざめてる様子はない。ただ謎に俯くから。
「顔赤いけど大丈夫?」
心配して顔を覗いただけなのに目を大きくさせて両手を勢いよく振った挙げ句に少し遠ざかられてしまった。
その様子になんとなく懐かしさを覚える。
月影さんとよく話すようになったのは卵焼きがきっかけだ。その翌日の朝、教室に入るとすぐに謝りにきた彼女は本当に申し訳なさげに話すもんだからつい笑ってしまって、月影さんもつられて笑っていた。
そういえば、その時に『今度リベンジさせて』と言われたんだったけ。
ああ!だからか!
今日のお弁当の卵焼きかっさらっていったのは。ちなみに今日の卵焼きはネギ入りだし巻き玉子だ。
少し先を行った月影さんの隣に再び並ぶと我に返ったのか顔を隠していた両手を下ろして俺を見上げた。
まだほんのり赤くみえるのはさっきまで顔を覆っていたからだろう。
「ちょっと槙田くん!デリカシーてものないの?」
「えっデリカシー……?」
「そう!デリカシー!あんなっ、顔近づけちゃ駄目なのっ。今肌のコンディションめちゃくちゃ悪いんだから」
「そう?別に綺麗だったけど?それに、」
「ぅ、うわあああ!もういい!これ以上喋らなくて大丈夫!」
月影さんは否定する時両手を振るタイプなのかな。さっきより凄いスピードだ。もしかして褒められるの苦手?
「……っどうしよう……やばいわ槙田くんの沼深すぎかもしれないっ」
「え?なんか言った?」
「ううん!何も言ってないよ〜」
首をただ振るだけの月影さんには2種類の否定の仕方があるのかな。今度は笑ってる。こんなに人と、しかも女子と長く話しているのは望月以来だ。
そういえば望月、美術室にいなかったな。望月がいるのといないのでこんなにも違って見えて初めて分かった。
美術室はただの教室だということを。
上履きからローファーに履き替え、帰る方向が途中まで一緒だと分かった俺は月影さんとそのまま校門へと続く道を辿る。
ふと美術室のドア側が見える窓が目に入った。
大きな衝撃が胸を打った。まるでスターターが合図を発したかのように体は校舎内へ走り出していた。後ろから戸惑い驚く声とともに聞こえ、月影さんに適当な言い訳を伝えると更に加速させた。