泣いてる君に恋した世界で、
勢い余ってドアに手をつくと鈍い音が小さく響いた。その音に反応した望月は肩を震わし、手を止め、こちらに視線を向けるとすぐに逸らされた。
眉をひそめたのは彼女が送った冷ややかな視線にだ。
「昼休みいなかったから休みかと思った」
近づいていくに連れて彼女の不機嫌さが増していくのが感じられる。
あの目付きといい、話しかけても無反応。俺なんかした?
「なんかあった?」
そう聞くとやっと反応が返ってきた。思っていたのと違ったのは小さなため息だけだということ。それから視線をこちらに寄越す。変わらず冷ややかな目だ。
「私いまものすごく機嫌悪いの。見て分からない?」
「分かってるけど」
「理由なんて聞かないでよね」
「いや、別に聞こうなんてしてないし」
「……あっそ。じゃあもう帰りなよ。私槙田くんと話すことなんてないし。大体なんで来たの。さっきまで楽しそうに帰ろうとしてたじゃん」
彼女のもつふわふわした声はいつもよりトーンが1つほど低くかった。初めて会った時みたいだ。
にしてもだ。なんでこんな怒ってるのか分からない。望月は俺が帰ろうとしている所を見ていたらしいけど、そんなことに怒る理由なんてある?
てか、 “楽しそう” って……。
「俺別に楽しそうに、」
「笑ってた。それは “楽しい” に入らないっていうの? 人は楽しいから笑うんだよ。じゃなかったらあんな風に笑わない」
筆を止めることなく静かに言葉を落としていくその様子はなぜか泣いているように見えた。それは声が少し震えていたからかもしれない。
視線をスケッチブックに移してみると、緑と青を基調にした風景があった。美術室から見える風景を。そこには俺がいないベンチもあった。
窓の向こうに視線を移せば青々とした木々とベンチがあって、雑草が少々、小さな花なんかも見える。それなのに望月が描いているスケッチブックには木とベンチと空しか写されていなかった。しかもどれも単色で薄い。全然彼女らしくない。
今の彼女の感情がそうさせているのだと思った。とても淋しい絵だ。