泣いてる君に恋した世界で、
君って
梅雨前線が日本列島を跨ぎ始めると、街中は傘で溢れていた。その様子を望月は『まるで色とりどりの紫陽花みたいだよね』と言うんだけど、俺にはそうは見えない。
一体どこが紫陽花なんだろう。
休日の朝、たまたま点けたテレビは渋谷の交差点を上空からリアルタイムで映し出されている。それを解説している天気予報士も望月みたいな事を視聴者に向けて問いかけていた。
いや、俺にはわからない。傘をさして歩いている人混みにしか……。
「うわぁ、凄い傘の量〜!なんかお花がいっぱい咲いてるみたいだね!」
そう言ったのは羽星だ。
「へぇ、羽星もそう見えるの?」
「うん!えっ、お兄には見えてないの〜?ほら!いま!お花が咲いた!」
「あっちょ、動くなって。……はい、出来た」
「わあ!お団子だあかわいい!お兄ありがとう!んへへへっ♪ よぉし、気合い入ったから見ててね!うららのおりょうり!」
元気よくガッツポーズをする妹に「見てるよ」と笑ってみせる。
そう。今日は一日羽星の料理姿のお披露目会。俺のために昨日の夜聞いてきたのだ。あざと可愛く。
マジでどこでそんな技を覚えてきてるんだ?お兄は心配だぞ。そんなことを学校の男子らにやっていると思うと余計にだ。
1階へ向かう小さな背中を追いかけ、台所に立つ羽星の右斜め後ろで見守る。
エプロンをつけた彼女は小さな台に乗ってしっかり手を洗った後、料理がスタートした。俺は呑気に心の中で『Let’s うらら's クッキング!』なんて言ってみる。
その後ろ姿は逞しい。手際の良さに感服する。時々振り向いて「どお?」とにこにこして聞く彼女はとても楽しそうで可愛い。
「凄いね」と褒めると更に満面の笑みを向けて鼻歌なんか歌うもんだからスマホを向けてシャッターを切った。
羽星が作って見せてくれたのはお味噌汁と卵焼きだ。この2品は得意中の得意の品だと完成した時に自信満々に言っていた。
にしても、シャッターを切る指が止まらない。カメラロールはかなりの量を占めているだろう。絶対同じ角度ばっか溜まっているはずだ。
あー……面倒臭い作業にはなるだろうけど整理しなきゃな。