泣いてる君に恋した世界で、
望月と次いでに自分の分も購入し、美術室に戻る。外を眺めている姿に見惚れつつ彼女の前にカルピスウォーターを置いた。俺はアイスティーを開けながら席に着く。
「……あ、ありがとう」
「おぉ。はいこれお釣り」
手のひらに小銭を置くとピクリと望月が反応した。ただ少し指が触れただけなのに。
やっぱ俺を自販機に行かせようとした辺りから変だ。なんかよそよそしいし、目も合わせようとしない。普段通りなら目が合うのは必然で持続的なのに。なんでだ?
「どうかした?」
「へ!?べ、別に?どうもしてない、ケド?なんで?」
「なんか挙動不審っていうか。なんかちょっと変。俺なんかまずいこと言った?俺ただ、」
「――ぅわああああ聞きたくない!聞きたくない!てか言わないで!待って?まだ心の準備がっ」
「いやなんで!?てか心の準備ってなに? え、望月俺にモデルになって欲しいんじゃないの?」
「そう!そーそー!槙田くんに絵のモデルに――って、エッ、モデル!?」
「? そうだけど……?」
なぜこんなにも驚かれているのだろう。一応、依頼してきたのは望月の方なのに。それに応じようとしただけなんだけどな。
「えっどういうこと?わからないっえ?」
「いやこっちの台詞だし。何をそんなに慌ててるのかさっぱりなんだけど」
「……。そ、そうだよねー。そっかモデルの話かぁ……」
「それ以外にあるの?逆に」
彼女の気も知らないで当人は微笑んでいるのはとんだ阿呆なのかもしれない。当然彼女は苦笑いを浮かべ「そうですよねぇ」と言うしか他にはなかっただろう。
ふと草の湿った匂いが鼻につく。
外はシトシトと雨が降っていた。
「やったー。体育潰れたー」
「運動苦手なんだ?」
「まー、そんなとこかな。昔から弱い方だから」
「そっか」
しばらく2人で外を眺める。この時間も悪くないと思った。相変わらず綺麗な横顔で、瞳は澄んだビー玉のよう。角度はあの日より少し異なるけれど、俺が彼女に惹かれたのは確かなことだ。
望月は俺にとって新たな実家みたいな安心できる居場所。彼女の纏う雰囲気、仕草、香り、表情、描く絵が好きなんだ。彼女がいるだけで俺は俺らしく居られている気がする。
望月と出会ってから少しずつ俺の中で変わってきているのも事実だ。
あんなに死にたいと願って生きていたのに、今は探すことも願うこともしていない。悪魔の囁きはごくたまに出てくることもあるけれど、笑うことを許すようになったのは望月の言葉が影響しているだろう。
『人は楽しいから笑うんだよ』
それはまるで心に掛けた頑丈な鎖を溶かしてくれたように。望月のふわふわした声によって。
予鈴が鳴ると外を見ていた2人の視線が重なった。俺は瞬きひとつして、彼女は目を逸らして立ち上がる。やっぱりどこかおかしいその様子に「またね」と言う彼女の手首を捕った。
「やっぱ俺なんかした?」
「……なんで?」
「すぐ逸らすから。あと挙動不審」
「ぅ、ウソーやだなぁーそんなことないってば。全然普通だよ?槙田くんの思い違いじゃない? ……ももういい?行かなきゃ」
するりと抜かれた彼女の手首は思った以上に細かった。そしてじんわりと残る彼女に帯びていた熱が俺の手を侵食する。
「何が “普通” だよ。今も全然目なんて合わなかったじゃん」
心の声はぼつりと表に不満として出た。
この日を境に昼休みも放課後もいつも通りに過ごしていくけれど、望月は俺を避けるようになっていくのだった。