泣いてる君に恋した世界で、
隠し事
暑さもかなり厳しくなってきた7月は前期終了を迎える月でもあるため思いの外悠々と過ごしている。
室内は冷房が効きすぎてはいるもの、外はとてつもなく暑い。1歩出るだけで汗が滲んでくるくらい今年の夏も強烈だ。
今月に入ってから毎週火曜日の2限はLHRで文化祭について話し合いを繰り広げている。夏休み明けすぐに文化祭は正直いってかったるい。
でも去年とは違うのは2学年から屋台参加が可能だということ。因みに、1学年は校舎内の装飾や飲食以外の出店での参加だ。俺のクラスは門の装飾を行った。
そこに思い出なんて無い。準備は少人数だし、派手でも地味でもないごく普通の門の装飾に達成感すら覚えなかった。だから――。
「多数決によってこのクラスでは卵焼き屋に決定しました」
今年の文化祭は多少やり甲斐があるかな、と実行委員の声で思った俺は意外と楽しみにしているのかもしれない。
……って何故に “卵焼き” !?
「卵焼きのレシピは槙田くんがいいという意見が多いみたいなので、――槙田くん!よろしくお願いします!」
実行委員は意気揚々に告げるけど。拍手されてるけど。俺承諾してないからね!? 「よろしくお願いします」じゃねーよ!誰だよこんなこと言ったやつ……。
「――槙田くん!」
「月影だろ」
「んー?なんのことー?」
「やっぱ月影か」
下校時間。今日はバイトがあるため美術室には寄らずそのまま直行だ。
隣を一緒に歩く月影静花はなんだか楽しそうに笑っている。つまり出し物を卵焼きにした張本人だとも捉えられる。きっと裏で策を練っていたに違いない。
「月影のせいで俺がなんかリーダーみたいになっちゃったじゃん」
「いいじゃん!リーダー!かっこいいし」
「いや何を基準に言ってんの……ありがた迷惑なんだけど」
ほんと迷惑。今まで注目すら浴びることのない高校生活で安心していたのに、あの中間テスト結果以来からちょくちょく話しかけられるようになったのだ。
俺に話しかけてもいい反応なんて貰えるはずがないのにさ。粘り強いっていうか、諦めが悪いっていうか……。
「つか、なんで卵焼きなの。食べに来る人いる?」
「何言ってんのぉ。食べに来る!だって美味しかったもん」
「いや月影じゃなくて。その自信は一体どこからくんの……」
「大丈夫。私の舌が保証する!」
そう言った月影は舌をべーっと出して笑う。
保証するっていってもごく普通の家の味なんだよな。味付けが多少他の家と違うだけなんだと思うんだけど……。
ましてや、月影が盗み食いしたやつだって前日の食べ残しを再利用した卵焼きだし。ほぼオムレットなんだけど。
「槙田くんちの卵焼きほんっとに美味しいからみんなに食べてもらいたい!」
「いやだから、普通だって。他の家と変わらないって」
「いーやっ、変わるね」
「大袈裟すぎじゃね? ……妹が聞いたら喜ぶと思うけど」
信号がちょうど青に切り替わる。
羽星が大いに喜ぶ姿を思い浮かべながら横断歩道を渡り切ったところで隣にいた月影が居ないことに気付いた。
振り返ると横断歩道渡り切る一歩手前で立ち止まっている。歩行者専用の信号機が赤に切り替わろうと点滅しているのを目の端に、俺は足早に戻って月影を迎え引っ張った。
我に返った月影に注意するけど、何故か一歩後ろを俯きながら歩いている。
よく見れば手を掴んだままだったことにようやく気付いた。手を離すと月影は少しほっとしたように肩の力が緩やかに。強ばっていたのだろうか。俺が急に手を掴んだから。
「ご、」
「ありがとう。ちょっと衝撃的すぎて固まっちゃってた」
「衝撃的……?」
「妹さんが作っているとは思わなかったから」
霧が晴れたような笑みを向ける月影は時折掴まれた右手を気にしながら歩いていた。
やっぱ嫌だったかなとか、強く掴みすぎたかなとか、その仕草を横目で見るたびに気にしてしまうのは、妹以外の人の手を引いて歩いたからだろう。
そして俺もひとつ感じた。
やっぱ女子の手って小さいし柔らかいってことを。