泣いてる君に恋した世界で、


翌日の昼休み。
美術室にはいつもの場所で黙々と集中している望月がいて安心した。

そう思ってしまうのは、最近昼休みも放課後も見かけない日々が続いていたからだ。


俺も定位置に座って弁当を広げる。中には卵焼きがある。しかもこれは試作品。

羽星に「文化祭で卵焼き屋をやるからよく作るレシピ教えて」とお願いすると目を輝かせて逆に火を付けてしまったみたいで。

早速料理アプリなんかを開いて調べてくれていた。そして今日の朝、アプリに表示されているものとそのままそっくりのものが朝食に出てきたのだ。我ながらうちの妹は天才だと思った。

……まぁ、多分この調子じゃ文化祭終わるまで続くんだろうな。さすがに飽きてしまうかもしれない。後で月影に相談してみっかぁ。



「望月、卵焼き食べる?」

何気なく聞いてみると描きながら首を縦に振ったのちに、口を開けてみせられた。

 
えー…っと、これは口に入れろと?

 
仕方ないと立ち上がり近付いて口の中に入れた。少し表情が緩む彼女。美味しかったのだろう。目を見開いて俺を見ながら親指を立てた。

その様子に俺の心臓はうるさく鳴った。きっとこれは久しぶりに目が合ったから反応したんだ。今日まで見かけるたびに、会うたびに何故か目が合わない日々が続いていたから。

けどそんなんでびっくりするか?
俺の心臓大丈夫?
 
 
でも心做しか俺を避けてる様子にも見えたから内心、心配だったし、疑問にすら思っていたんだ。よかった。望月が笑ってて。


席に戻れば俺も同じものを口の中に放り込んだ。柔らかく、ネギのシャキシャキ感が程よく残っているだし巻き玉子。感心しながら次第に耳に熱を持ちはじめた。

こればかりは考えられずにいられなかった。箸でこんなにも動揺することが今までにあっただろうか。あるわけが無い。

やばい。無意識だ完全に。妹にするようなことを普通にこなしてしまった。昨日みたいだ。月影の手を握ったまま……。今後気を付けようって決めたばかりだったのに。

恋愛に疎いってわけじゃないけど、俺だってそれなりに知識はある。これは完全にアレだ。間接キ……。


一方、彼女はというと。

絵に集中しているせいかそういった反応は微塵も感じさせていなかった。しかし、後からくる羞恥心には逆らえなくなるだろう。彼女にとって最大の敵は好きな人でさえも絵に対しての集中力には敵わない、ということなのだから。


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