泣いてる君に恋した世界で、
「文化祭の出し物決まった?」
食べ終わると特に何もすることがない俺はいつものように頬杖をつき、絵を描く姿を眺める。
この微睡みを含んだ空間が心地いい。毎回眠りを誘う空間に逆らってみせるけれど敵わないとこも含めてやっぱり美術室は俺にとって新名スポットになる。
それにしても質問に応答がないのは集中しているからか? それともやっぱり機嫌が悪い?
さっきは卵焼きのお陰で笑顔が見れたのに、すっかり無表情っていうか、真剣っていうか……口を一文字に閉じて前を見据えるばかりだ。
「望月んとこは決まった?」
「……決まった」
ようやく口を聞いてくれたのは俺が再び彼女に近付いてからだ。
近くに置いてあった椅子を引き寄せて座る。
このツンとした感じ。やっぱ怒ってる?でもなんで?何に対してそうなってんの?
次第に眉間に皺を寄せる望月は俺を一瞥した。
「近すぎ」
「こうでもしないと話してくれなさそうだから」
「…………なにそれ」
「で。望月んとこは?俺のクラスは、」
「卵焼き、でしょ」
「そ。卵焼き――えっ」
淡々と喋る彼女に呆気にとられていると得意げに笑われた。
“なんで知ってるの” と聞こうとしたが、同じ学年だからと納得したわけだけど……。
「情報早くね!?」
そう言わざるを得なかった。
だって俺、他クラスのこと知らないし。
望月のとこだってもちろん無知だ。
驚きを隠せられていない俺を見て望月は喉の奥で笑ってばかりいる。そんなにおかしいか? いや普通驚くでしょ。昨日決めた事がもう伝わってるんだぞ。それは早すぎ。光り並だろ。
「女子の情報網そこまで甘くないよ」
ふふんと胸を張る彼女は楽しげに、そしていたずらに笑いながら更に言葉を重ねた。
「私、こう見えて結構顔広いから」
「へぇ……」
「なにその顔。 “うそだろ” とか思ってんじゃないでしょうね。クラスと美術室を往復してるだけの美術部員じゃないんだからね」
「いや別にそこまで思ってないわ!」
「じゃあ何よ」
望月って結構ツンとデレがはっきりしてるタイプなのかな。頬を膨らませる彼女はわざとには思えないくらい自然で、なんか、可愛い……。
ていうか、 “往復してるだけの美術部員” はさすがに笑うっていうか、おもしろいワードセンスだ。
わりとツボに浅く突き刺さったもんで肩を震わせた
その様子に肩をパシンと叩かれる。向こうは俺が何に笑っているのか分からないのに照れている。……いや、照れているのか?でも怒ってはなさそう。
そんな彼女をやっぱ可愛いと思った。
一方、もうひとつの思考では彼女の言った “顔が広い” 事について考えている最中だ。
確かにコンクールで名前が上がるくらい有名らしいけど、多分、全校生徒ではそこそこだろう。俺だって今年初めて認識したし。名前すら知らなかった。
望月咲陽。
これが彼女の名前だ。
朝会で何かの大会やコンクールで優秀な成績を残した受賞者が壇上に呼ばれるなんてことは多々あるけれど、いちいち名前までは覚えてない。顔だって覚える必要性もない。ましてや学年のいる位置が壇上から遠い。
そもそも朝会が退屈なので聞いてやしないことが多いのだ。
本人が嘘を言っているとは思えないし、あんだけ賞を取っているのなら職員室内では通用するとは思うけれど……、生徒じゃかなり絞られるんじゃ……。
「――さよ!」
2人だけの賑やかな美術室に割って入ってきた活発な声。それに反応した望月は俺の右頬を摘んでた手を離した。まるで何事も無かったように。