泣いてる君に恋した世界で、
「あら、お取り込み中失礼っ」
そう言った見たことのないショートヘア女子はこれまた淡々としていて悪気のない様子だ。
俺たちの前に来るなりその女子は望月の下ろしたての右手に視線を映して、それから何を思ったのか含みをもった笑みで彼女に耳打ちをした。
すると突然「バカ!」と声を張る望月。すぐ側では反応をみて楽しんでいるショートヘア女子が俺にまで同じような顔を向けてきた。
「ふーん。ははーん」
「な、なに……」
「あーそう……なるほどねぇ」
見知らぬ女子になぜか納得され再び視線は望月の元へ。彼女が腕を組むと望月は肩をすぼませた。俺はその様子に少しだけハラハラする。
なんだかこの空間が妙にピリつく。ひとりは困ったように口を歪ませてるし、もうひとりは俯いて唇を甘噛みしている。
……一体なにが始まるのだろう。
「さよ、まだ言ってなかったの」
「…………」
「別にもうどうこう言うつもりないけどさ。聞いたら絶対驚くよ、彼」
「わ、わかってるよ……でも」
「わかってる。もう散々聞いてきてるし。――あ!じゃあさもう今言っちゃえば?」
「へ?」
「いや “へ?” じゃなくて。この際だからカミングアウトしちゃえ。――君も聞きたいでしょ。この子の隠し事」
突然振られて俺も目が点になる。
さっきから会話を聞いてりゃ何言ってるのか分からなくて、でも確信的なのは望月が俺に何かを隠しているってことだけだ。
一応気になるから頷いてみせると、望月の友人は更に口角を上げた。ある意味怖い。
「ほら。言っちゃえ!」
「……まゆサイテー」
「あははっ、サイテーで結構!ほれほれ〜」
「絶対楽しんでるでしょ。ほんとサイテー。……そして何も分かってないのに頷いた槙田くんもサイテー」
「え、俺も!?」
次いで感が凄くて思わず自分を指すと彼女の友人は「やっば」と笑った。その様子には望月も不服そうだ。
「てか君。さよのことどこまで知ってんの?」
そう聞いてくる望月の友人。望月は隣で「ちょっと!」とアタフタしている。俺はその質問と態度に不思議に思って半ば首を傾げた。
「どこまでって、同級生で美術部。風景画が得意で、よく俺をモデルにして描いてる女子――あと卵料理好き、ってことぐらいしか……」
他にもあるけどなんかあまり言ってはなさそうな気がした。望月はなんか顔が赤いし、その友人は顔のパーツが落ちてしまうようなニヤけた顔を向けてくるからだ。
なんか変なことでも言ってしまったのだろうか。そのままを言っただけなんだけどな。
「ねえそれホントに言ってるの!?」
「ちょっと、まゆっ」
「さよと君、実際は同級生じゃないんだよ!?」
「――っ、茉由!」
友人の口を慌てて覆った望月はこちらに顔を向けて苦笑い。
俺はそんなふたりをただ見つめていた――別名、これを思考停止という。
頭の中を占めるのは友人が言った “じゃない” を示した言葉だ。つまりどういうこと? “じゃない” ?
同級生 “じゃない” !?
「――え、望月ってじゃあ……」
頭に浮かぶのは2字の漢字で。友人の言い方からすると……年上……。てことは。
「え!望月って……先輩!?」
黙りこくる望月とその隣で満足そうに頷く友人。その上否定の言葉すら出てこない状況に真実なのだと知った。
まじか。望月が先輩……。全然年上感がなかったから気付かなかった。美術室で出会った頃からまったく。
高校は学年を区別するにあたって校章と体操着の左胸元にある名前の刺繍の色でしか判断がつかない。
そんなわけだから分かるわけがない。
校章はブレザーに付けるよう指示はされているけれど……――そういえば望月のブレザーにはいつだって校章が付いていなかった。不思議には思っていた。それでも気にすることもなかったのは校則がそこまで厳しいわけじゃないからだと思う。
夏服には校章なんて一つも付ける場所がない。今だって彼女たちはワイシャツに袖なしセーターを着ている。ワイシャツに校章が刺繍されているわけでもない。
他の高校は校則とか結構厳しかったりするのだろうか。