泣いてる君に恋した世界で、
次の作業に移ると話題は俺の家で卵焼きの試作品を作りに来たことについて広がった。
試作品や羽星のこと、夕飯までご馳走になったことなどの話を繰り広げる。どうも妹の話をされると頬が緩んでしまい、月影に「ほんと羽星ちゃんのこと大好きだよね〜」とニヤついた顔を向けられてしまうのはこれで何度目なんだろう。
「――そんでもって槙田くんちすごくいい匂いだった〜」
「色々作ったからな」
「それもそうだけど。家自体がもう “いい匂い!” って感じなんだよ。家に上がった瞬間からだよ」
「そうなんだ?」
「そうだよ?槙田くんちの匂い結構好き。不思議だよね。人の家ってさ必ず香ってるじゃん。だけど自分ん家って分からなくない? ――槙田くん、セロハンください」
確かに、と納得しながらセロハンテープを手のひらに乗せる。手先が器用な月影は食券入れを通常より大きいサイズの折り紙で作っているみたいだ。
「槙田くんちは石鹸の香りが一番強いかなー」
「あー石鹸ね。よく言われる」
「あ、やっぱり? やった〜 人並みの嗅覚〜」
なんだかクスッと笑ってしまった。多分言い方がツボに入ったからだと思う。 “人並みの嗅覚” って言う人初めて見たし聞いたし。月影のワードセンスって少しズレてて面白いんだよな。
「月影って面白いよな」
「エッ、なに急に」
「いやただそう思っただけ」
「……あー、だよね」
なぜだか残念そうに肩を落とす月影。だけど笑っている。苦笑いって感じで。
「月影んちは知らないけど、 “女子” って感じの匂いする」
「えへぇー!?なにそれー」
「いや分からんし。でも女子って感じの匂いする」
キツくはないけど俺的にはあまり好まない香り。どっちかっていうと望月の匂いの方が好きだな。なんていったらいいのだろう。自然の匂いみたいな爽やか系でそばにいて落ち着く。そんな匂い。
……――そうだ。未だに望月からLINEが来ないのはなぜなんだ? 夏休み中に作った試作品を何枚か送ったけど返信が来ない。既読すら付かない。
いつもなら食い気味に返ってくるのに。
それだけじゃない。夏休み入る5日前から姿が見えないんだ。そして今日も。
俺またなんか変なことしちゃったのかな。