泣いてる君に恋した世界で、


先輩のクラスへ足を運んだ俺はなぜか逆に呼び出されたかのような立場だった。

まるで俺が来ることを待っていたかのようにもみえた。「ちょっと着いてきて」と口ではなく指の仕草で伝える先輩はどことなく暗い。

初対面の時とは全くの別人だと思わせるくらい表情も声も暗く低い。呼び出した時は友人に囲まれて笑っていたのに。

ただ、先輩をそうさせている原因は望月にあるようで。

その真実は今にも俺に襲いかかろうとしていた。


立ち入り禁止の屋上ドア前に連れてこられた俺は、ただ望月のことを尋ねるだけだったはずなのに、今目の前で説明される内容が頭に入ってこない。それから。


「さよ、文化祭、できないって」

椎名先輩はそう言うと静かに涙を流した。

俺は全てのことに混乱していて反応すら出来ていない。目の前で泣いている人にどう声を掛ければいいかも分からなかった。

ただ椎名先輩の涙はホンモノだ。深く関わりはないけれど、そう断定できる。信じれる。それなのに望月が今どこでどうしているのかだけは信じきれない。


望月は夏休み前に倒れ、今まさに治療中だという。詳しい病名は先輩も分からないと言っていたが、 “癌” の類いに入っているみたいだ。

進行度は聞かなかった。……いや、聞けなかった。違う。聞きたくない。

そうだとしても先輩の言葉で大体は察している自分がいる。言葉のあやだと思いたい。先輩が冗談で言っくれていた方が笑ってかわせるだろう。

沈黙が続くこの重い空気が酷く切ない。

これが現状で、事実。冗談で済ませられる話なんかじゃない。


なぜだろう。こんなに冷静でいられているのは。なんでこんなにも落ち着いていられるのか。きっと答えは単純なものだろう。何せ、3人も失った俺の精神に耐性が備わってしまったのだから。


……あーまただ。この感覚。しってる。忘れもしない。この視界が狭まる感覚も、耳が遠くなっていく感覚も、思考が回らなくなる感覚も、手先が冷たくなっていくことも、……全て。

忘れ去ろうとしていたあの絶望感までもが。

思い出すなよ。思い出させないでくれよ。


忘れようとしていたのがいけなかった。そもそも俺なんかが楽しんで笑うなんてことすらも許すべきじゃなかったんだ。間違えてた。


やっぱ俺は独りでいた方がいいらしい。


息苦しい世界はもう俺だけでいいんだ。元々死にたがっていた俺なのになぜ将来有能な人を病魔は選ぶのだろうか。なぜ無能な俺を選ばない?そっちの方が正解だろ。俺が生きてたってさ、なにも起こらないんだぞ。


選べよ俺を。生きていなきゃいけないやつを連れていこうとすんなよ。死んだ方がいいのは俺なんだよ。生きていても意味ねぇんだよ!


沸々と湧き上がる怒りは最高潮へ。そして我に返った。どうやらあれから病院まで来てしまったようだ。どういった経緯で来たのかさえさっぱりだ。

ただ最後に覚えているのは静かに泣く椎名先輩にどこの病院に居るのかを尋ねた事くらい。

大きな病院を目の前にして今更躊躇した。

暫くは来ることもないだろうと思っていた。失った3人もこの病院には大変お世話になった。それだからこそ来たくなかった。中に入ってしまえば転々と無様な自分がいた事を思い知らされるだろう。

人気の無い廊下で何度情けない声を漏らしたのだろうか。あの頃は、あの日々は、散々だった。苦しかった。大切な人を(うしな)う恐さを思い知るのには十分な重さだった。


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