泣いてる君に恋した世界で、

 
深呼吸をしてから中に入っていくと嫌でも鼻につく消毒液の匂い。

受付を済ませ、望月がいる病棟へ向かう。そこのナースステーションで確認を取ると彼女の元へ直行した。


304号室は個室らしい。ノックをすると気の抜けた声がドア越しに届いた。しばらくぶりのゆったりした透き通った声に心の奥が締めつけられる。安心した。よかった、と。

そう思いひと息ついてからゆっくりドアを横にスライドした。


思いっきし目が合った。時が止まった気がした。ドアがゆっくりと閉ざされた音でそれは動き出す。そして俺たちも動き出した。

望月は掛け布団を頭から被り、俺はそばに寄る。

その中でどんな表情でいるかを想像できてしまうのは大抵のことは知り尽くした証拠なのかもしれない。その前に目が点になっていたことが第一の証拠なのだけれど。


「な、何しにきたの!?」

久しぶりに会ったのに第一声がこれとはなかなか切ないものだ。そんなに震え上がらなくてもいいじゃん。

“何しに” と聞かれたら答えは “分からない” の一択に過ぎないのだが、体が勝手に と言ったらいいのだろうか……。


「なんか来ちゃった」

「いや、 “来ちゃった” じゃないよ。授業中でしょ今」

言われてみれば確かに授業中だ。初めてかもしれないすっぽかしたのは。


「初めてサボったわ俺」

「何言ってんの。それに笑ってる場合じゃないし。戻んなよ」

「戻んない」

「荷物は?」

「あ……」


そうだった。俺手ぶらじゃん。すっかり持ってきてると思ってた。電車乗ったし。……なんかダサ。

そんな間抜けな俺を見て笑う望月に半ば口を尖らす。そこまで笑うことないだろ、と。

そんな彼女の何気ない笑い方が愛らしい。思わず抱き締めたい衝動に駆られた。

けど、そこは堪えてみせる。だっていきなりは驚くでしょ。



「は〜。すごく笑った。明日には筋肉痛かも」

「笑いすぎ」

「いーの。私にとってはここ1ヶ月分の “笑い” だったから」

そう淡々と言う彼女はこの1ヶ月間はとんでもなく退屈だったのだろうと思った。だから、この1ヶ月を埋められるくらいの話を勝手にだけどしてみた。

俺の夏休み期間中の話の方が退屈だと思うのに、望月は楽しそうに笑って聞いてくれる。時折、「いいなぁ」と声を漏らすこともあった。その瞬間は少し胸が痛んで、話題を変えようとしたけど、彼女から進んで文化祭準備中の話を促してくるから変えようにもできなかった。

 
< 50 / 63 >

この作品をシェア

pagetop