泣いてる君に恋した世界で、
「文化祭、私の分まで楽しんでね」
望月はどんな気持ちで言っているのだろう。
なぜ笑っていられるのだろう。
行けないって分かってるから?そんなはわけない。だって――。
「望月」
「あ!そうだ。せっかく来てくれたんだからモデルになってよ」
“楽しみにしてたじゃん” という本心を突こうとした台詞をまるで分かっていたみたいに遮られた。どうやら文化祭に関しては何も言わせたくないらしい。彼女の口が止まらないのがその証拠。
引き出しから取り出されたスケブと鉛筆を見れば自然と体は望月専用モデルへと化とする。
そうはいっても、ただ窓辺に近付いて外を眺めるだけなんだけど。
鉛筆を走らせる音がリズムよくこの静かな空間を刻んでいく。久しぶりの音に心が和んでいくのを感じた。
横目で彼女を盗み見ると嬉しそうに微笑んでいて、こっちまで口元が緩んでしまう。
「すみませーん。こっち見ないで外の方見てくださーい」
そんな指摘さえまでもが久しぶりで胸が熱くなった。やばい。なんか分からないけど泣きそう。
返事は震えていなかっただろうか、と一応咳払いなんかして誤魔化した。
「槙田くん」
「ん?」
「私ね」
「うん」
2人の間に突如入ってきた緊張感に思わず身構えた。なんだか嫌な予感しかしなかったからだ。だからといって望月から目を離すということはぜず、ただ口を開くのを待った。
ようやく口を開いたのは秒針が一周半過ぎた頃合いだと思う。
「なんでもない」
その一言で俺たちの間に張られていた糸が緩んだ。さっきまで強ばっていた表情もお互いに緩んでいて、何事もなかったような空気感を漂わせている。
そうさせているのは望月で、俺はただ彼女に合わせることしか出来なかった。
なにか言いたげだったくせに。
きっと彼女にとっても俺にとっても大切な事だと思う。本当は言って欲しい。悪い事でも良い事でもなんでも。なんでも受け入れるから。例えそれが最悪な事だとしても。
俺はちゃんと聞きたい。望月の口からちゃんと。
「言いたくなったらでいいから。どんな手段使ってでもいいから。ちゃんと受け止めるから。聞くから」
再び俺は外の方へ顔を向けた。
遠くの地平線に見える赤い夕陽が眩しい。嫌なはずなのにこれはあたたかくて自然と顔が綻んでしまう。
きっと、望月が傍にいるから穏やかなんだろうな。好きだからこの時間が名残惜しくなってしまうのかもしれない。あー学校に戻るの面倒くさ。
帰り際、椎名先輩が泣いていたことを伝えると顔をしかめて「なんか言ってた?」と聞かれた。ここは素直に「望月が文化祭に参加できないって泣いてた」と伝えるとどこか安心したように笑った。
―――この笑みの裏に隠された真実を知るのはここから2ヶ月後ぐらいだったと思う。そんなことも知らずに当時の俺は表面上元気な姿を見せ続ける彼女の完治を信じて待つばかりだった。