泣いてる君に恋した世界で、


病院に着いた頃は学校を出た頃よりもだいぶ暗くなっていた。

花火が上がるのは19時。あと1時間と10分。

望月には俺がここにいることは知らせていない。それから顔見知りの看護師さんにも口止めした。向かった先は屋上。懐かしいし本当はあまり来たくない場所だ。それでも望月のためを思えばなんともない。

それに親友(和希)と交わした約束を違う形で叶えられるとも思った。

そんなことを色々思い耽っていてもどうしようもないから、少し場所を変えてみた。

始まる前には望月も来るだろうなんて確信は持てないけど、それでも来る気がして柵からドア前に移動した。
あんなに楽しみにしていたのを知っているからこその予感だ。

背にあるハシゴに視線を移し、辿るように見上げる。

望月がよくここで――。


ガラッと音のする方へ目を向けた。
ゆっくり開くドア。そこから現れた望月はキョトンとしていた。

ぎこちなく進む彼女に手を振ってみたけど反応はない。しばらくして顔を覆った。

“もしかして泣いてんの?”

なんて声をかける隙を与えることなく歩み寄った。近づくにつれて肩を震わして、小さな嗚咽を零す彼女に手をそっと背中に添えようとした時、

望月が頭を寄せてきたんだ。

それに吸い寄せられるように彼女の背中を撫でた。思った以上に小さな身体はこうして触れているだけでも壊れてしまいそうで、少しだけ怖くなった。

だからこそ、触れてしまうんだ。

これ以上大切な人を失いたくないから。


静かに泣く彼女の後方に移動して、ゆっくり見晴らしのいい場所へと移動した。落ち着いたのは10分程経ってからだと思う。

あっと零れた声に隣を見る。何か言いたげな瞳に口を開いた。


「後夜祭面白くなくてさ」

言葉にするとなんだか羞恥を覚えた。

本音は “望月に会いたかったから” なんてそれこそ口に出したら終わるっていうかなんつーか……。

「てか、来るの早すぎでしょ。あと1時間は待つよ」

「そだね。でもそれいうなら槙田くんもだよ。来るなら一言ほしかった」

「ははっ、まぁサプライズ大成功ってことで」


今年の10月は平年より暖かいらしい。朝番組の天気予報士や、ばあちゃんじいちゃんが云うには。そして口を揃えて云うのは朝晩は冷え込んでくるとのことだ。

たしかに肌寒い。ブレザーの下に一枚薄手のカーディガンを着ていてなんとか凌げている程度。

だから心配はしてしまう。明らかに薄着だから。横にいる彼女はパジャマに厚手のパーカーを羽織っているだけだ。


「寒くないの」

「え、――わ、ありがと」

ブレザーを肩にかけると埋もれてしまうんじゃないかってくらいそれに覆われていた。その姿に困ってしまう。あまりにも可愛く見えてしまったから。小さく息をつく。

「そーゆー槙田くんはなんか寒そうだね?」

「うん、やっぱ寒ぃから返して」

「ちょ、やだー返しませんー。槙田くんが貸してくれたんだから。責任持ってください」

「……はいはい」

そんなやりとりに笑い合う。

ブレザーはお預けで、その代わりカイロをくれた。

じんわりと広がる温もりになぜか泣きそうになる。ほんと最近からおかしい。涙腺がこんなにも弛むのは。それが起こるのはいつだって望月が関係していることが多い。それもほんと些細なこと話している時とか、さっきの電話だってそうだった。

別に望月が死ぬわけでもあるまいし。

……なんて冗談で誤魔化すことなんてできやしない。冗談なんか通用しない。彼女の姿をみてそんな “万が一” なことを過ってしまう。怖いんだ。大切な人が居なくなってしまう恐怖を知っているからこそ。

まして、彼女の病状が “ガン” なんて知ってしまった以上その “万が一” がいつ訪れるか考えたくないのに考えてしまう自分の愚かさにすら恐怖を覚える。

現在(いま)の医療の力は進んでいるとはいえ、救えきれない命だって多くあるはず。それはその病状の進行度合によるだろうけど。医者の知識なんてこれっぽっちも持ち合わせていない俺はただWEBで調べた情報を頼りにしているだけで、どうすることもできない。それが現実なのがもどかしく悲しい。

もっといえば、神様に願うことしかできないんだ。
神様なんて……と思っていたあの日の俺がいつの間にか頼っているのもおかしい。

やっぱ、俺、おかしい。


「ねえ槙田くん」

不意に呼ばれて返事をする。

「今日は本当にありがとう」

「え、何急に」

「私の願い叶えてくれてありがとう」

俺を見上げる瞳は相変わらず澄んでいてきれいだ。ずっと見ていたいくらい俺はこの瞳の持ち主に心惹かれている。もう隠す必要なんてない。そう思わせてくるその瞳に息を飲み込んだ。そこには決心した俺が映っている。

「望月、俺さ」

覚悟決めた心臓は導かれる語句一つひとつに加速する。望月は不思議に待っていて、その表情にすらもギアを上げる材料になって、告白の大変さを初めて実感した。


「槙田くん別に無理して言うことないんだよ? なんかすごい顔してる。私までなんか緊張みたいなの伝わるんだけど」

ふわりと苦笑いを浮かべる彼女は今から俺が言うことをどう受け止めてくれるだろうか。きっと戸惑うだろうな。困ってしまう。いや、困らせてしまう。だって、彼女は俺のこと “友人” だと思っているだろうから。もしかしたらそれは俺が勝手に思っているだけで、彼女はそうは思っていないかもしれない。

……それはそれで嫌だな。

でも――。


「好き。望月が好き」


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