泣いてる君に恋した世界で、
そんなわけで恐怖から足を掬われてしまい未だに動けていない。
前方には無数の光がちらほらと広がっている。
こんな時間までいたことなかったから初めて見るこの光景は思った以上に―――。
「綺麗 だよね」
突如聞こえたふんわりとしたか細い声。思わずこの世のものとは思えないくらい透き通った弱々しい声。けれどどこか芯の強さのある口調。
――これが初めて出会った彼女の第一印象だ。
驚きすぎて一瞬本当に死んだかと思った。
そのくらい息が止まっていた気がする。
……あぁ、だからか、息が荒いのは。
そんな俺に目もくれずそう一言だけ置いていった彼女はドアの向こうへと消えていった。
へにゃりとしゃがみ込む俺はこれで何度目の滑稽な姿を晒したのだろう。誰も居ないとはいえ我に返るととてつもなく恥ずいのだが。
両手で口なんか押さえてる時点で『女子かっ』て突っ込みたくなるくらいだ。今の俺にはそんな余裕すら存在していないけれど。
無理もない。だってあれは完全に……。
「おばけじゃん……」
背後に誰もいなかったのに突然俺の横に……!
声だってふわふわしてた。
白いワンピースは…………着てなかったな……。
髪の毛も長くなかった。肩くらいだったっけ?
姿勢はかなりいい方だったな。
あとは……。
去る姿を思い返しながら徐々にあれはこの世に存在している人間で女子だと確信した。
そして思い出したのは何かを抱えてるシルエット。薄い何か。
……ま、俺の知ったこっちゃないけど。
だけど少し引っかかったあの横顔には何か惹かれるものがあった。
『綺麗』と言った後の表情にはどんな感情が込められていたのだろう。
なんとなくだけど、愛おしさの中に切なさ?みたいなのを感じたのは気のせいだろうか。
「ま、それも俺の知ったことじゃないけれど」
よいしょ と再び腰を上げて立ち上がる。 今度は意外とすんなりで背伸びなんかしてしまった。
不意に入ってきた身が震える程の冷たさに肺が凍ってしまうんじゃないかと息を吐き出すと白いのが宙をさまよった。
まるで俺の感情のようだ。
でもこの白いのは結果がハッキリしているから完全に感情だとは言えないよな。
「帰るか……」
身を翻せば明日なんてすぐそこで、また慌ただしい日常が始まる。
両親の居ない生活はどれほど大変なのだろう。
まだ未知数で考えただけで怖くなる。
男なのに情けない。
こんなダメ兄で申し訳ない。