泣いてる君に恋した世界で、
帰路を歩きながら屋上で見たこの街が別物なんじゃないかってくらい暗かった。
あんな状態でもあの場所から見た光景は確かに煌めいていて綺麗だと思った。
ふと過ぎった彼女の横顔。
はじめて会ったのに何故か一瞬思い出しただけで胸の奥がくすぐったくなる。
この現象には何も意味を持たないし、名前すら無いのは確かで。ただ、あの横顔に浮かんだ表情に何か惹かれたのは間違いない。
きっとこの街が好きなのだろう。
そうじゃなきゃあんな表情は出来ない。
羨ましい。あんな顔ができることが。
俺にはもう必要のない表情だろうな。
完全には消滅してない “死” の願望。
行く先、見る先で探し続けるんだ。
俺の死に場所を。
上を向いた先には星は数えられるくらいで、灰色の薄い雲が月を隠そうとしている。
あー……俺のことも隠してほしい。
もう誰とも関わりたくない。
帰宅するのも辛い。
これからの事を考えるだけで辛いんだ。
やっぱりあの時……――。
「お兄ちゃん!」
耳に飛び込んできた妹の声に顔を上げる。
どうやらとっくに帰宅していたみたいだ。
中の光が目に差し込んですぼめる。
クイッとズボンを引っ張られて上げた顔を再び下に向けると、靴も脱がずに立ち尽くしている俺を真っ直ぐな瞳で見続けるうららがいた。
目線を合わせるようしゃがむと息を飲んだ。
羽星の目が充血していたからだ。
全てを知った上での目付きに俺は完敗した。
本当は泣きたいはずなのに。
俺を心配させないようにしているのかな。
めちゃくちゃ大人じゃん。
なのに肝心の俺は。
「お兄……。泣きたい時は、泣くのがいいよ」
羽星を抱き締めて泣いている。
まったく情けない。実に情けないダメ兄だ。俺は。
妹にこんな対応されて……。
頭なんか撫でられてるし。
その手は幼くて、やわらかくて、なにより優しかった。
降り注がれるのはどこで覚えてきたのか分からない程の数々のオトナな言葉だった。まだ小1だぞ。
その様子に感服し、我ながら自慢の妹だと感心し、そして心底自分が嫌になった。
羽星は強く生きようとしているのに俺は正反対なことばかりだ。
妹を置いて死のうだなんて。消えたいだなんて。この世の終わりみたいな思考ばかり俺を支配してる自分に腹が立つ。情けない。くだらない。
なのに涙が止まらない。
あんなに泣き腫らしたというのに。これでもかってくらい溢れてくる。
強く抱き締めながら謝罪ばかりするダメ兄を小さな彼女は同じように抱き締め返してくれる。
きつくない優しい腕力に笑みがこぼれる。
「お兄、もう大丈夫?」
「ん。ごめん、ダメな兄ちゃんで」
「ホントよ!も〜っ、お洋服がビショビショになっちゃったじゃないの!これ大好きなお洋服なのにっ」
「あはは、ごめんごめん。今度新しいの買ってあげる」
「ううん新しいのはいらない! うらら、お兄とデートしたい!」
どうやら羽星の方が一歩上手のようだ。
いらないと言う前の表情はさすがに見逃さなかったけれど。あの様子は俺に遠慮をしたのだと思う。
小学生にもう遠慮を覚えさせてしまうとはなんと言ったらいいのやら。まずは “情けない” の一言に尽きるだろうな。
「羽星、本当にいらないの?」
「うん!お兄とデートしたい! ……だめ?」
「分かった。俺とデートしよっか」
目の前でぴょんぴょん飛び跳ねる様子に自然と笑みが溢れた。
笑うのは極力避けたいけれど、やはり妹の前では “笑う” という行為は許そうと思う。そうじゃないと心配させてしまうから。
「んふふ♪ お兄とデート♪ おにぃとデート♪」
お花畑を駆けていくようなその後ろ姿はやはり小学生で、安心した。