エデンクラブ

終章

 竜也×明里の意識体は宇宙を凄まじい勢いで流れる流星群を見つめていた。それは、青白い光を放ってエデンの横を通り過ぎて行った。その光景はただただ美しく、物理身体を持たないここでは肉体が崩壊する恐怖を感じることもなく、流星群の勢いと輝きに意識を乗せて流れていれば良いのだった。


 淳×夏実は遥か下の三次元宇宙で、再び地球に良く似た星が瞬いているのを発見した。地球人の意識はその星に移送されて、再び原始時代からやり直すのらしかった。竜也×明里はそれを見て、懐かしさと共に、一抹の哀しみを感じるのだった。三次元宇宙は過酷な世界である。またあそこで、動物を狩り、農業を始め、飢えたり争ったりしながら延々と生殖活動を続けて行くのだ。


 もちろん、その営みは哀しみだけではなく、生きる喜びも味わえるのだが、このエデンの至福に比べたら、束の間の慰めである。四人の意識は、あの気の毒な人々を何とか出来ないかと考えた。だが、五次元宇宙からでは、ただ出来事を眺めることしか出来そうに無かった。

『俺達どうすれば良いかな?』

『そうだな、取り敢えず、エデンのエネルギーを送ってやったらどうだろう?』


 エデンは下方に三次元を内包しているのだから、エデンからあの星へ希望の祈りのエネルギーを送る事は可能だ。二つの光源は心の底から、惑星へ癒しのエネルギーを送った。その囁きに答えるかの様に、惑星から呻きの様な叫びが聞こえてきた。それは悲痛で、哀しみに満ちた声だった。

『神よ、そこにいらっしゃいますか? 我々の祈りをお聞き下さい……』


 淳×夏実は思った。私達は神ではないのに。ただ、他の人類よりエネルギーを上げて、エデンに適応しただけなのだ。あそこに追いやられた人々だって、その気になればここへ来れるのだ……だが、どうやってその気にさせれば良いのだろう?


 二つの光は相談した。あの人達を俺達で見守っていこう。かつては自分達もあの次元に居たのだから。祈りを捧げる人々に、エデンのインスピレーションを送り続ける事で意見は一致した。


 何百、何千と時は過ぎ、やはりあの星にも高度な文明が発達しては消えていった。永いこと、エデンからの囁きに耳を傾けるものは居なかったが、ある日とうとう現れたのだった。それは……あの西村仁の魂だった。彼は何千回も生まれ変わりを繰り返していたが、ある時庭の畑のトマトを見て、エデンクラブの記憶が甦ったのだった。西村はこの時少年だった。彼は再び決意した。恋人と共に、今度こそエデンへ還ろう。竜也達の元へ向かうのだ。


 西村は恋人と二人で、エデンクラブを作った。庭の畑を耕し、二百十・四二ヘルツの曲を聞いて、エデンダンスを踊る。その姿を二つの光が暖かい眼差しで見つめていた。何と懐かしい姿か。地球を思い出す。あの頃貴方は社会の教師だった。今はあの時の竜也達と同じ年頃の若者である。

『そうよ、先生。早くこちらへ来てください』

彼等は出来る限りのサポートをした。西村が挫けそうになる度に、その胸に勇気を吹き込み、至福の意識を送り込んだ。その度に、西村は不思議そうな顔をして空を眺めるのだった。


 西村が五十歳になった時、それは起きた。とうとう西村と恋人の意識レベルがエデンに達したのだ。二人の意識体は融合して、エデンと共鳴を始めた。二人の胸にエデンへの通風口が開いた。二人は肉体を捨て、開いたゲートから一気にエデンへと到達した。

『……お帰りなさい、西村先生。いえ、かつての西村先生』

竜也×明里が懐かしさと歓迎の光を送る。

『どうなる事かと思って見てましたよ』

淳×夏実が笑った。

『お前らか? 懐かしいなあ。とうとう俺達もエデンに来れたんだな』

西村と恋人の意識体はさざ波のように震えて、辺りを見渡した。

『ここがエデンか。想像していたより美しい。他には人類は居ないのか?』

『ええ、残念ながら俺達だけです』

『じゃあ、今こそここで本当のエデンクラブをやるのか?』

『そうですよ。ここでの活動は――早く他の人達もエデンに来れるようにエネルギーを送って、見守る事です』

『良いね。こんなに幸せな空間を俺達だけで独り占めは良くないからな』

『そうですよ。だから先生も、あの星に光を送って下さい。人々が早く目覚めるように』

『よし、エデンクラブ復活を祝って、エデンダンスの瞬きを送るか!』

三つになった光源体は、それからずっと惑星へエネルギーを送り続けた。それは時に暖かい熱であり、時に眩しい光であった。笑い声の様にエネルギーは惑星へ降り注ぎ、時に敏感な人間はそれを神の囁きとしてキャッチした。

『エデンの至福に胸を開いて――』

三つの光は、エデンの空間に融けた柔らかい囁きを、何時でも惑星へ送った。彼等はいつか他の人類がここエデンへ到達出来るまで、永遠に輝き続けるのだった――
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