色のない世界に恋のうたを
「大好きだった。愛してたよ。 短い間だったけど、最後に人間として生きられたことが嬉しかった。 あなたに愛されたこと、私は忘れないから」
『だめだ…、お願いだから』
「ありがとう、さよなら」
『待ってくれ!』
愛しい声が、私を引き止めた。
そして何も言わず私の手を引き、彼は崖の上へ登った。
「…どうしたの。こんな崖なんて」
『波美は、本当に白鳥として一生を暮らしたいのか?』
「…それは」
『俺は嫌だ。波美がどんな姿でいても愛してるのに、君は俺を愛してくれないの?』
「…愛してる。愛してるよ」
『昔、この海の奥底に新しい世界があると本で読んだことがある』
「…新しい、世界」
大人の私も彼も、海底に広がる新しい世界がどんなものなのかなんて分かっていた。
『…こんな窮屈な世界を抜けて、新しく2人で幸せになればいい』
「あなたはそれでいいの?」
『俺の願うことは1つ。 波美、君さえ傍にいてくれればそれでいい』
生まれた時から男性に愛されたことの無い私は、その言葉が痛いほど胸に刺さった。
彼は私を抱き寄せ、私の涙を拭ってくれた。
『泣かないで?』
「…あなたも、少し目が潤んでる」
『君の涙に弱いんだ』
「ずるい。最後までかっこいいこと言って」
『波美が可愛すぎるから』
私たちは泣いた。
泣いて、たくさんの愛を確かめ合うように抱きしめあってキスをした。
月明かりが弱くなり、辺りが少しずつ明るくなってくる。