この世界の魔王はツンでクールな銀髪美少年だ
「欲情すると、大人に」

「そう」

 ヴァルシュの言葉を繰り返す私が真剣ならば、答える彼も真剣そのもの。
 もし今この部屋に誰かが入ってきたら、魔王様がこの国の行く末を案じているのかと勘違いするだろう。


「身体は大人、心は子供……?」

「言っとくけど僕、120歳だから」


 ………………うん、まぁ見た目がいきなり急成長することに比べたら実年齢が120歳とかフツーだよね、フツー。
 しかも急成長する理由が『欲情』だし。

「えーと、ヴァルシュが私より実はすごい年上だったのはわかったんだけど、君は今、欲情……興奮してるの?」

「人を発情期の犬みたいな言い方しないでくれる?」

 あ、この絶対零度の瞳懐かしい。凍える。

「……まあ今さら取り繕っても仕方ないか。そうだよ、僕は今、欲情してる……と言うか一度姿が変わってしまうと、それが解消されない限り普段の姿に戻れないんだ」

「えーと、つまり……?」


「精を放たないと戻れない」


 …………。
 ……………………。
 ……………………………………。


「ファーーーーーーーッ?!?!?!」

 精を放つ。
 その具体的なヴァルシュの姿を想像してしまい、それをかき消すように慌てて叫ぶ。処女には刺激的過ぎる!!

「そして厄介なことに、僕はリノのことを見ると姿が変わるようになってしまったんだ」

「ファーーーーーーーッ?!?!?!」

 え、なに。告白? これって告白? 私を見ると姿が変わる──欲情するってつまりそういうこと?!
 熱い! 顔が熱い! 私、今絶対に顔が真っ赤になってるっ!

「……ごめんね。恋人でもない男にこんなこと言われて気持ち悪いよね。本当は君にはこのことはずっと隠しておくつもりだったんだ。ただ、こんなにも頻繁に、しかも自分でコントロールできずに姿が変わってしまうのが長く生きてきた中で初めてで。どうしたら良いかわからずに君を避けて傷つけた」

 申し訳ない。そう頭を下げるヴァルシュの銀の髪がサラサラと揺れる。
 その髪が綺麗だと、私のせいで謝らないで欲しいと、強く思う。

 だって、私だってヴァルシュの手に触れたいと、彼が迎えに来た時に願ったのだから。

「あのね、ヴァルシュ。私、嫌じゃないよ」
「……え?」
「私、ヴァルシュにそういう目で見られることより、ヴァルシュと話せない方が辛いよ」
「それって……」
「好きだよ。ヴァルシュのことが好き。私だって、ヴァルシュに触れたい」


「だから、ヴァルシュがいつもの姿に戻るお手伝いをさせて?」


 瞬間。無言で立ち上がったヴァルシュが私を横抱きにする。
 大人の姿の彼は私よりもずいぶん背が高いから、軽々と持ち上げられてしまった。

 そのままドカドカと彼らしからぬ荒々しさで移動して、続きの間のドアを蹴り開けた。

 白と金の同じ色調でまとめられたそこには、広々とした天蓋付のベッドが置いてある。
 きっとヴァルシュの寝室なんだろう。


「──処女のくせに僕を煽った責任、とって貰うからね」


 私を青いシーツにおろした美貌の魔王は、そう言って壮絶に色っぽい表情で唇を舐めた。



*



「──うん、だいぶ僕を受け入れる準備が出来てきたみたいだね」

 そう言いながらヴァルシュの紅い唇と紅い舌がお腹に近づく。

「子宮はこの辺。不思議だよね、魔族も人間も身体の構造は同じだなんて。あぁでも、精気が主食の種族もいるから理にかなってるのかな」

 喋りながら、でも指は動かしながら。
 位置を下にずらした唇が柔毛を食む。


「……ほら、ちゃんと見なよ。君の初めてを、僕が貰う瞬間を」

 力の抜けたそこに押し当てられた熱い塊。

「怖い?」

 青と碧。その不思議な色の瞳が私を映す。

「こわ、くない。ヴァルシュと、一つになりたい」

「よく言えました。今日は苦しいかもしれないけど……その感覚と共に、僕を覚えてね」


 痛みも苦しみも快楽も。全て僕が教えてあげる。


「息、吐いて、力抜いて……っ」


 刻んで。貴方を私に刻みつけて。
 知りたいの。貴方のことも、この先のことも。

 初めて他者を受け入れた身体が、変わっていく。

「大丈夫、大丈夫だから。全部、僕に任せて」

 ヴァルシュを信じて、私の全てを彼に預けた。




*




 私が魔王城に来て1ヶ月。
 今日も相変わらずこの国は平和だ。
 暖かい陽射しの中、人々は笑顔で日常を営んでいる。

 ただ。
 一月前とは変わったこともある。

 聖女から魔王専属メイドに転職した私。
 その私はもう、メイド服を着ていない。
 今の私が身につけるのは、青地に銀の刺繍が入ったドレスだ。
 誰かを連想する色彩は少しだけ気恥ずかしいけれど、この色を着ると彼が喜ぶのだから仕方がない。

 そして私の服装以外にももう一つ。
 魔王城で変わったもの。
 それは────


「ヴァルシュ、お茶を飲む時に私を膝に乗せる必要ってないと思うの」

「別に良いじゃない。細かいこと気にしないで」

「細かくないっ、細かくないよっ? あと、最近ずっと君の姿が大人のままな気がするのだけどっ?!」

「奥さんが可愛すぎるのが悪いんだから仕方ないね。……でもリノ、僕がこの姿になったら、君が手伝ってくれるんでしょう?」

 そう言って、こめかみにキスをされた。

 ツンでクールな魔王様。
 どうやら実は彼は、とんでもなく情熱的だったらしい。




fin

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