この世界の魔王はツンでクールな銀髪美少年だ
「迎えに来たよお姫様。……何? そのマヌケな顔。僕が王子様役じゃ不満だって言いたいの?」

 王子様じゃなくて魔王だし。
 乗ってるのも白馬じゃなくて黒竜だし。
 言葉だって全然優しくないし。

 なのに。会いたくて堪らなかったヴァルシュが目の前にいる。

「……っ、ヴァル、シュ。なんで、ここに」
「君がいなくなったってクミンが駆け込んで来てね。ヒナの姿も見えなかったし、マヌケな君のことだから一緒に巣まで連れて行かれたんじゃないかと思ったんだよ」
「マヌケは余計だよぉ……!」
「でもその通りだったでしょ。ほら。手、貸して」

 そうヴァルシュが手を差し出してくるけど、私は巣の中に座り込んだままの姿勢で動けなかった。

「私、ヴァルシュに嫌われちゃったかと思ったっ」
「は? なんで僕が君を嫌いになるのさ? ほら」

 動かない私に焦れたのか、ドラゴンの背中から飛び降りたヴァルシュがすぐそばで手を差し出す。
 私と同じくらいの大きさの、白い、少年の手。
 その手がこんなにも頼もしく思えるなんて。
 触れたいと、思うなんて。

「だってヴァルシュ、私のこと避けてたからぁ」

 ぐずぐずとこんな泣き言を言う私の方が彼よりよほど子供みたいだ。

「……あー、気づいてたんだ? ちょっとアレには理由があって……」
「やっぱり避けてたんだ?!」

 本人の口からハッキリそう言われてズガンッと心にダメージを受ける。

「でもリノが悪い訳じゃなくて、僕の問題だから気にしないで。ほら、帰るよ」
「もう私のこと、避けない?」
「……それは、ちょっと、どうかな。約束は、できないかも……」

 いつもズバズバと物を言うヴァルシュが珍しく言い淀んだ。

 帰れない。

 ヴァルシュが今まで通りに私と接してくれると言うまでは、帰れない。

「……やっぱり、いきなり処女(ヴァージン)だなんて言っちゃう女、引くよね。でもさ、仕方なくない?! 私が処女なのは事実なんだから?! 私だってもっと早く卒業してる予定だったんだよ?! でも、そういう深い仲になる前にフラレちゃうんだもん! 仕方ないじゃん?!」

「ちょ、ば、だからなんで君は突然そういう話をするわけ?!」
 
「生々しい話をしてごめんなさいね?! でもあれ以来会えなくて謝れなかったから今謝るしかないと思ったんだもん! 下ネタ聞かせてごめんね、って! 私が言葉使い悪いだけじゃなくて、男の子にいきなり下ネタ話すような女だから嫌いになったんでしょう?! でも私だって、あんな話を異性にしたの君が初めてなんだからね?!」

「~~っ! だーかーらぁっ!」

 夕陽とは別の理由で頬を紅く染めたヴァルシュが私の言葉を遮るように叫ぶ。

 いけない、またやってしまった。彼はよっぽど下ネタが嫌いらしい。

「人がどれだけ耐えていると……!」
「ごめんっ。つい暴走しちゃって、本当にごめ…………え?」

 目の前の光景が信じられなくて。
 何が起こっているのか理解できなくて。

 呆然とソレ(・・)を見守る。

「ヴァルシュ……?」


 静寂の夜の月光を紡いだような銀糸の髪は、そのまま。
 空と海、この世界の全ての青と碧を集めたって再現できないであろう不思議な色の瞳も変わらない。
 白い肌も、紅い唇も。着ている服も。私の知っている、彼と同じ。

 けれど、高く澄んでいたその声は。
 まろやかさを残していた少年の頬は。
 華奢で私よりも目線が下だった彼の肢体は。


「──ヴァルシュ、なんで、大人の男の人になってるの?」




*




『……仕方ない。僕が、君に隠していた秘密を教えてあげるよ』


 そう言うとヴァルシュは一瞬で転移の魔方陣を描き、魔王城の彼の私室まで私たちを移動させた。


『本当はドラゴンで空を飛びながらこの国を紹介しようと思ってたんだけど、僕の姿がこう(・・)なっちゃったからね』


 その、こう(・・)なった──二十歳くらいの姿になったヴァルシュが言いにくそうに口を開く。


「僕の部屋でごめんね。君の部屋や執務室だと、クミンや他の誰かが入ってくるかもしれないから……。僕の『この体質』は城のみんなが知っていることだけど、だからこそ(・・・・・)この姿はなるべく見られたくないんだ」

「別にヴァルシュの部屋なのはかまわないけど……」

 白と金。執務室と同じ色調で質の良い家具で揃えられたヴァルシュの部屋は居心地の悪いものではない。
 私よりも部屋の主である彼の方が気まずそうだ。

「つまり、ヴァルシュが私を避けていたのはその姿が理由なのね?」

「あー……この姿、と言うか、この姿になっちゃう原因が理由だね」

「原因って? 言いにくいことなら無理に聞かないけど」

「いや言うよ。……言って、今後僕との関わり方をどうするか、君に決めて貰う」

 覚悟を決めた美貌の王の表情に、部屋の空気が変わる。
 初めて対峙した時とは、また別の種類の緊張感。



「僕、欲情すると大人の姿になるんだ」




 時間が、止まった気がした。


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