恋獄の鎖
「ねえ、あの殿方がどなたかご存知?」

 どこでわたくしの予定を仕入れて来るのか。

 わたくしの背後には以前、夜会に招待されて社交辞令の挨拶を交わしてからというもの、頻繁に夜会で顔を合わせる伯爵令嬢が侍女のように控えていた。


 まだ彼女の名前を覚えてはいないし、覚えようともしていない。それでも取り巻き気取りでくっついて来る彼女にさりげなさを装って尋ねる。

 わたくしに話しかけられ、嬉々としてその視線を追った令嬢は青年を見ると眉をひそめさせた。

「アインザック伯爵家の方ですわ。確か四男の――お名前はミハエル様だったかしら」

「そうなの」

「伯爵家と言っても元は商人の成金上がりですし、名門貴族ラドグリス家のご令嬢であるシェラフィリア様がお気にかけるようなお相手ではないかと」

 商人上がりの成金。

 そこに明確な嫌悪を込めていることを令嬢は隠さなかった。


 アインザック家についてはわたくしも多少の噂は耳にしている。

 鉱山絡みで莫大な利益を得て、社交界へ進出する足掛かりに没落しかけていた伯爵家の令嬢を娶ることで爵位を得た家だ。


 それはもう何代も前の話だけれど、お金の力だけで爵位を得た家に貴族たちからの風当たりが強いというのは、時代を問わず良くあること。

 そしてほとんどの場合、そういった家を目の敵にするのは格式はあっても財産を食い潰す一方の斜陽を迎えた貴族が多い。永く続いていることが唯一の取り柄と言うような家が緩やかに、けれども着実に沈みゆこうとしていることもまた、何ら珍しくない。


 この伯爵令嬢の実家もそんな貴族の一つだった。

 だから娘が名門侯爵家の一人娘と同年代であることさえも幸運とばかりに利用していた。わたくしの機嫌を窺い、覚えを良くして取り入ろうとしている。

 これまでの振る舞いを見ていれば見返りなど得られないと分かっているだろうに、ご苦労なことね。

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