恋獄の鎖

 執事がテーブルの上に山のように積み重ねた結婚の申し込み書へと一瞥をくわえ、わたくしは正面に座るお父様に無言のまま視線を向けた。

 父であるラドグリス侯爵は先程から熱心に、薄い紙を何枚も束ねた書類に目を通している。


 その表情の裏に隠しているものはわたくしでも読み取ることはできない。

 でもお父様のことだもの。

 おそらくは書類に記された事象が、ラドグリス家にもたらすメリットとデメリットを素早く計算しているのではないかしら。


 どうしても添い遂げたい殿方がいる。


 わたくしが両親にそうはっきりと断言したのは十日前のこと。

 そして「ミハエル・アインザック」の名だけを頼りに、彼に関するあらゆることが調べ上げられるまでに至った。


 ミハエルが婿養子としてラドグリス家に入ることはすでに確定したようなものだ。

 貴族社会における体面を重要視するのであれば、一部の貴族が彼の家が伯爵位に名を連ねている事態に未だ根強く反発していることは大きなマイナスではある。


 でも元は地方の一商人に過ぎなかったアインザック家を潤し、最終的には確固たる地位までもたらした権利の数々が非常に魅力的であることには何ら変わりがない。だからこそ商人風情の身に余ると詭弁を揮う貴族も少なくはないのだ。

 そして生半可な貴族なら足を取られるであろうアインザック家にまつわる外聞も、我がラドグリス家であれば沈黙させられる力があった。


 何より、結婚するなら彼が良いとわたくしが名指ししたのだ。それが聞き入れられないわけがない。

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