恋獄の鎖
 死の間際に見ていたい夢を自分の記憶から拾い集めて、大切に抱えた。

 わたくしが選んだ幸せな記憶は、名門貴族の娘として何不自由なく育った"シェラフィリア・ラドグリス"を知る人間には、わずかに三つだけなのかと思われるだろう。


 ブレスレットを直してもらった夜会の日。

 ミハエルと二人、神をも欺く共犯者になった結婚式の日。

 そして――ティエラディアナが生まれた日。


 最初で最後の相手と初めて出会った日。

 最初で最後の相手と大きな罪を共有した日。

 最初で最後の相手との間に一人娘が生まれた日。


 これ以上の幸せがどこにあると言うのだろう。

 三つしかないのではない。

 三つもあるのだ。


 そしてただ命の炎が燃え尽きるのを待つだけの日々の中、ティエラディアナから一通の手紙を手渡された。

 わたくしに見せてもいいものかどうか、エバンスやアンナと一週間も話し合ったと言う。何を大げさなと思いながら差出人の確認をすれば、記名された離縁願いだけを残してわたくしの元を去ったミハエルからだった。


 その名を見ただけで、わたくしの心は未ださざめく。

 本当は近くにいてわたくしを見ているのではないかと思うようなタイミングだ。死を直前にして凪いだ状態の心を容赦なくかき乱して荒らす。


 熱烈な恋文だった。

 あのミハエルが、あの結婚生活の中で、わたくしとの日々の中でそんなことを思っていたなんて到底信じられるものでもない。

 今さらすぎる熱情の数々を見せられたところで、誰が信じるというのか。わたくしも理性ではそう突っぱねている。


 なのに。


 強い歓喜で、わたくしの全ては満たされていた。


 優しげで誠実そうな仮面の裏に、誰よりも独善的でエキセントリックな本性を隠した男。

 この世でたった一人、わたくしの思い通りにはならなかった男。


 だけどわたくしは、そんな男を――そんな男だけを愛している。


 愚かだと思う。

 男なんてそれこそいくらでもいるのに。

 最期まで手に入らない男だけが欲しいだなんて。


 わたくしは手紙を胸に押し当てた。

「……疲れたから、少し眠るわ」

「じゃあ手紙はしまっておくから。読み返したくなったら、いつでも言って」

「ええ、ありがとう」

 ティエラディアナに封筒を手渡してベッドに横たわる。

 あとどれだけ、彼に想いを馳せることができるのだろうかと思いながら。

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